先週末は日本計量生物学会年会の特別セッション「農学、生態学、進化学でのベイズ統計手法の応用に関する諸問題」に参加してきました。
個人的にはとても勉強になる内容で、刺激を受けてその後色々なことが頭をよぎりましたので、その辺りについてメモしておきたいと思います。
我々はどこまで複雑なモデルを作れば気が済むのだろうか?
セッションの終わりの総合討論について、セッションオーガナイザーの三中さんが「我々はどこまで複雑なモデルを作れば気が済むのだろう?」という趣旨の感慨を漏らしておられました。その会場で私は「その規準を与えるのはモデル選択であろう」という趣旨の発言をして、その後は会場全体的にモデル選択の議論への流れとなりました。
しかし今考えてみると*1、三中さんの感慨はどちらかというとともすれば複雑なモデルを志向してしまう「研究者の欲望」についてのものだったのかもしれません。
「科学の文法」の拡がり
歴史的に振り返ると、統計学は「科学の文法(Grammer of Science)」を規定する役割を果たしてきました。例えば、我々が実験を行う場合には、フィッシャーらが切り開いた統計解析法に沿うプロトコルに基づき実験を行うことこそが「科学的」であるとされます。この意味で、近代以降の統計学は(経験)科学の方法論(=語り口)自体を規定しているものであると言うことができます。
この観点から見ると、ベイズ統計はそのような「科学の文法」を従来よりも大幅に拡張し、「もっと自由に語りたい」という研究者の欲望を開放する役割を果たしていると言えるでしょう。特に、階層ベイズモデルはさまざまな現象に対してかなりの部分オーダーメード的な統計モデルを組み立てることができる点で、そのような「科学の文法」の拡張を強力に後押ししているように見えます。
しかしながら、ベイズにより「科学の文法」が大幅に拡張されたことによって、「お互いに何を言っているのかよく分からない」という事態に、より頻繁に煩わされるようになったというのも反面の事実としてあるように思われます*2。
「死因の解説」から「延命治療が可能」な時代へ
フィッシャーの言葉に以下のようなものがあります*3。
実験が終わってしまった後で統計学者に相談をするのは、検死解剖をどのように行なえばよいかを尋ねるようなものであり、統計学者はその実験の”死因”を教えてくれるだけだろう。
この言葉は、統計コンサルを(望むと望まざるとに関わらず)担いがちな方々にとってはまさに「あるある」的なものであるように思われます。
しかしよく考えてみると、現在ではまた少し事情が違ってきているのかもしれません。もしかしたら、現在のベイズモデラーは、もはや「死因を告げる」だけでなく「延命治療」まで施せるようになってきてしまっているのではないのでしょうか。
一昔前であれば、適切な実験計画法に従ったものではないデータに対してはその「死因」を解説してあげれば済んだのかもしれません。しかし現在では、ベイズ統計の発達により、適切な実験計画法に従ったものではないデータに対しても、従来より飛躍的に「なんとかすればなんとかなるかもしれない=延命治療が可能」なケースが多くなってきているように思えます。
現代の我々は、医学の発達により高度な延命治療が可能になった結果「そもそも生きることってなんなのだろう?」という根源的な問いに改めて意図せずままに改めて直面することになりました。
現在のベイズモデラーが直面している課題もそれに似たところがあるかもしれません。ベイズモデルの「科学の文法」はあまりにも柔軟であり「何でも/どこまでもやれそう」に見えます。そのような状況で、我々は改めて「そもそも帰納的推論ってなんなのだろう?*4」「そもそも科学ってなんなのだろう?」「そもそも自分たちの知りたいことってなんなのだろう?」という根源的な問いに、意図せずままに改めて直面しているのではないかと思います。
(「重いベイズの話(その2):なぜ私は個体ベースモデラーを廃業したのか?」に続く)
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