Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

蜂群崩壊症候群の原因の記事への補足

矢原先生の以下のブログ記事の補足。論文の解釈がやや短絡的にすぎると思ったので。

ミツバチの大量失踪の原因 - Y日記
ミツバチの大量失踪の原因 - アジア保全生態学ブログ


上記の下の方の記事ではMullin et al. (2010)を踏まえて以下のように書かれていますが

2007年2月に顕在化したミツバチの大量失踪の原因については、(1)農薬、(2)病気、(3)ストレス、などが関与していることが明らかになってきた。

上記の論文は、農薬の影響が確かにあることを実証したもの。

しかし、Mullin et al. (2010)を実際に読んでみると(p 16、右パラグラフの一番下; 強調引用者)

It seems to us that is far too early to attempt to link or to dismiss pesticide impacts with CCD.

とはっきりと書いてあります。


Mullin et al. (2010)がこのような歯切れの悪い言い方をしていることには、幾つかの明確な環境毒性学的な理由があります*1


特に最も大きな理由としては、検出された農薬濃度と実際の毒性影響の間の関係の検証がまるっきり抜けている点が挙げられます*2

一応LD50*3の値も引き合いに出されていますが、LD50の値をCCDと短絡的に関連づけることについては、例えばWikipediaPesticide_toxicity_to_beesの項でも以下のように戒められています。

LD50 does not explain any relationship, or lack thereof, to Colony Collapse Disorder. LD50 is an incomplete measure of toxicity to social insects like honeybees (Apis mellifera) because it is a measure of individual toxicity, not colony toxicity. It does not account for the ways bee behavior can mitigate or exacerbate effects of the pesticide on the colony. For example, a moderate to low toxicity pesticide (by LD50 measurement) used in granular form that is collected and concentrated along with pollen might have little toxicity to adult bees, but devastate the colony by its indirect effect on hive reproduction or mortality rate of larvae or young bees. On the other hand, a pesticide that is so toxic that the exposed bees die in the field can be less dangerous to the colony than a less toxic pesticide that allows the exposed bees to return to the hive and contaminate their fellows. Likewise, a highly toxic pesticide (according to LD50 measures) is "safe" for bees if it is applied on a grass lawn or other location without blooming flowers that attract bees. Furthermore, LD50 studies are conducted against adult bees and do not measure the effects on larvae, etc.


また、例えばMullin et al. (2010)のTable 4を見る限り、高濃度の農薬が検出されているのは一義的にはBee Waxであり、これはミツバチ本体が毒性物質を効率よく体外に代謝・排出していることを意味するとも捉えられるので、この解釈は難しいです。

また、Pollen中の濃度に着目すると、「10個の化学物質についてLD50の1/10*4を超えていた」と書いてありますが、「ミツバチの体内濃度?に塗る農薬の濃度*5 *6のLD50」と「食物(pollen)中濃度」の比較というものの毒性学的解釈はこれまた非常に難しいです。経口で取り込まれた物質は、毒性影響が顕れない形のまま体内で代謝・排出されてしまうこと*7も多いからです。

そして、肝心のBeeの中の濃度はおしなべて低いようです。


さらに、Mullin et al. (2010)では「121種類の化学物質」が検出されたと書いてありますが、基本的に化学物質が幾つ検出されるかというのは影響の大きさよりも検出技術の方の精度に依存した議論なので、あまりCCD云々と結び付けられる話ではありません。


そのため、この論文における農薬とCCDとの繋がりについての結論は著者たち自身がAbstractで明確に書いているように:

the effects of these materials in combination and their direct association with CCD or declining bee health remains to be determined.

であり、特にここに付け足すべきことも差し引くべきことも何もないように思われます。



それはさておき/というのもなんですが


「化学物質や農薬が生態系に与える影響」はしばしば複雑であり、生態学者にとっても新たに独創的な研究を発展させることができるテーマとして、基礎的にも応用的にも非常に魅力的なものであると考えています。

そこで、ご興味のおありの方は、個体群生態学会での以下の企画シンポへぜひご参加いただければと存じます。

化学物質のストレスえころじー:遺伝子から群集まで - お知らせ


私も企画者・講演の一人として参画しております。何卒よろしくお願いいたします。

追記20100824:追記として以下の記事も書きました

蜂群崩壊症候群の記事への追記 - Take a Risk: 林岳彦の研究メモ

*1:そしておそらくそれらの理由がこの論文がNatureやPNASやPLoS BiologyではなくPLoS ONEで掲載されている理由だと言えます

*2:ここの一番大事なところの関係を詰めることができればおそらくNatureとかPNASとかに載るネタであると思う

*3:半数の個体が死ぬ濃度

*4:この"one tenth"っていうのが矢原先生のブログ記事では抜けているような気がするけど・・

*5:ここちょっとよく分からない。ミツバチの毒性試験における"濃度"って具体的には何を測っているのでしょう?ここは毒性学的な解釈上ものすごく重要なのですが、ちょっとwebで調べたぐらいでは分からなかった。

*6:追記:この濃度はミツバチに塗布す農薬量/体重らしい:20100824追記記事参照

*7:卑近な例で言えば、ボタン型水銀電池を飲み込んでも、そのままの形で排出されてしまう事例のような