Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

Δ5歳のリスク:フェルミ推定的なモノサシとして

われわれは誰もが最後には死にますが、死亡率は年齢により異なります。

今回は、5歳年をとることによるリスクの増分(Δ5歳のリスク)を簡単に計算してみます。本計算の目的は、大まかな定量的なイメージを掴むことなので、厳密な計算ではないことを最初にお断りしておきます*1

もし計算等に何か大きな瑕疵がありましたら、その旨コメント欄等へお伝えくだされば大変感謝いたします。

Δ5歳による死亡率の増加

まず死亡率について見ていきます。データは国立社会保障・人口問題研究所の以下のデータを用います。

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ここでは男性の例に着目します。2008年における男性の年齢別の死亡率は以下の表の通りです。死亡率は「年当たり・一人あたり」のものです。

年齢階級 死亡率 [%] Δ5歳のリスク増分 [%]
0-4 0.07 -0.06
5-9 0.01 0
10-14 0.01 0.02
15-19 0.03 0.03
20-24 0.06 0
25-29 0.06 0.02
30-34 0.08 0.02
35-39 0.10 0.06
40-44 0.16 0.09
45-49 0.25 0.16
50-54 0.41 0.25
55-59 0.66 0.32
60-64 0.98 0.48
65-69 1.46 0.94
70-74 2.4 1.77
75-79 4.17 2.87
80-84 7.04 4.83
85-89 11.9 7.77
90-94 19.6 9.83
95-99 29.5 10.24
100歳以上 39.7 ---

ここで、X歳における「Δ5歳のリスク増分」は

Δ[X+5歳における死亡率] - Δ[X歳における死亡率]

として計算しています。例えば、50〜54歳における「Δ5歳のリスク増分」は「55〜59歳における死亡率 - 50〜54歳における死亡率 =0.25%」となります。


「リスク増分が0.25%」と言われても直感的にピンと来ないかもしれないので、いちど人数ベースで確認しておきましょう。

50〜54歳における死亡率は0.41%です。この値はおよそ「一年間に1000人のうち4人が死ぬ」確率となります。ここで「Δ5歳リスク増分が0.25%」とは、5歳年をとると死ぬ人の数が1000人中で2.5人ほど増える状況に相当します。つまり、5歳年をとると「1000人のうち6.5人が死ぬ」確率となるという意味です。


死亡リスクの増加は連続的ですが、「Δ5歳のリスク増分」は40歳を超えるあたりから0.1%を超えてくるようです。つまり40歳を過ぎると、一年に0.数パーセントずつ(1000人中数人分ずつ)死にやすくなっていくということですね。また、70歳ごろを過ぎると「Δ5歳のリスク増分」は数%(100人中数人)のオーダーになっていきます。

また、0〜4歳の場合には「Δ5歳のリスク増分」は負の値(-0.06%)となります。これは出産直後および乳幼児期の死亡率の高さを反映しているものです。

因みに、1920年における0〜4歳の「Δ5歳のリスク増分」は-6.6%くらいです*2。これは5歳を過ぎると年平均で6.6%ほど(100人中6.6人分ほど)死ににくくなるということです。昔の日本人にとって5歳前後まで生き延びることの意味は非常に大きいものだったことでしょう*3

Δ5歳による発ガン率の増加

では、ここからは個別の疾病について見ていきたいと思います。まず例として発ガン確率を見ていきます。

データとしては国立がん研究センターの以下のデータを用いました。
人口動態統計によるがん死亡データ

ここでは2008年における全部位のガン、および肺ガンによる死亡率に着目します。ここでの死亡率は「年当たり・一人あたり」のものです。

年齢階級 全ガン死亡率 [%] Δ5歳のリスク増分 [%] 肺ガン死亡率 [%] Δ5歳のリスク増分 [%]
0-4 0.0021 -0.00027 0 0.000035
5-9 0.0018 0.00011 0.000035 -0.000035
10-14 0.0018 0.00095 0 0.000016
15-19 0.0028 0.00041 0.000016 0.000013
20-24 0.0032 0.0020 0.000029 0.00015
25-29 0.0051 0.0043 0.000176 0.00046
30-34 0.0094 0.0086 0.000637 0.0011
35-39 0.018 0.015 0.0017 0.0022
40-44 0.033 0.032 0.0040 0.0042
45-49 0.065 0.059 0.0082 0.011
50-54 0.12 0.094 0.019 0.017
55-59 0.21 0.11 0.036 0.027
60-64 0.32 0.15 0.063 0.032
65-69 0.47 0.25 0.095 0.049
70-74 0.73 0.33 0.14 0.092
75-79 1.06 0.36 0.24 0.081
80-84 1.42 0.45 0.32 0.016
85-89 1.87 --- 0.33 ---

ここでも同様に、X歳における「Δ5歳のリスク増分」は

Δ[年齢X+5におけるガン死亡率] - Δ[年齢Xにおけるガン死亡率]

として計算しています。例えば、50〜54歳における「Δ5歳のリスク増分」は「55〜59歳における全ガン死亡率 - 50〜54歳における全ガン死亡率 =0.094%」となります。

上記の計算での全死亡率の50〜54歳における「Δ5歳のリスク増分」が「0.25%」ですので、50〜54歳におけるリスクの増分の内訳の少なくない部分がガン死亡によるものであることが伺えます。

ガン死亡リスクの増加も連続的ですが、「Δ5歳のリスク増分」は50歳を超えるあたりから0.1%(1000人中の1人分)を超えてくるようです。これを肺ガンに限定すると「Δ5歳のリスク増分」は50〜54歳で0.02%(10000人中の2人分)くらいになるようです。


かなり乱暴な計算ですが、煙草による肺ガン死亡リスクの増分を概算してみましょう。

資料7 喫煙の健康影響について|厚生労働省

によると、喫煙による肺ガン死亡の相対リスクの増加率は男女の平均をとると3倍程度になりそうです。55〜59歳の肺ガン死亡率が0.036%なので、かなり乱暴ですが、この値をまず単純に3倍したものが喫煙者の肺がん死亡率と仮定すると0.108%となります。ここでの喫煙による肺ガンの絶対リスクの増分は0.072%になります(0.108-0.036=0.072)。同様の計算を65-69歳で行うと、肺ガンの絶対リスクの増分は0.19%となります。

もちろんもともとの死亡率自体に喫煙者が含まれているので正確な計算ではありませんが、絶対リスクの増分は0.01〜0.1%くらいのオーダー(1000〜10000人に数人分)になりそうなことは伺えます*4

全ガン死亡でみると喫煙者の相対リスクは1.5倍程度になりそうなので、同様の計算により、55〜59歳では喫煙による全がんの絶対リスクの増分は0.11%(1000人中の1.1人分)、65-69歳では0.24%(1000人中の2.4人分)となります。


ちなみに、化学物質の管理政策においては許容可能なリスクとして、化学物質による生涯発ガンリスクの増分が「10のマイナス5乗から6乗 (0.001〜0.0001%); 10万〜100万人中の1人分」以下、という値が一つの目安となっています。これをみると、かなり乱暴な計算のもとでの比較ではありますが、煙草においては化学物質よりも桁違いに高いリスクが許容されていることが伺われます*5

Δ5歳によるダウン症候群・自閉症の発症率の増加

年齢による影響は自分自身だけではなく子供に顕れる場合もあります。ここでは例として、母親の年齢とダウン症の発症率を見ていきます。

データは以下のサイトの表中の値を用いました。

American Academy of Family Physicians - Down Syndrome

年齢 発症率 [%] Δ5歳による発症率増分 [%]
20 0.06 0.04
25 0.08 0.02
30 0.1 0.17
35 0.27 0.84
40 1.1 1.2
45 3.3 ---

ここで年齢は母親のものです。「Δ5歳による発症率増分 」は、25歳で0.02%(10000人中の2人分)、30歳で0.17%(1000人中の1.7人分)、35歳で0.84%(1000人中の8.4人分)となっています。


母親の年齢だけでなく、父親の年齢も効いてくる場合もあるようです。上述してきた例よりはやや信頼性の劣るデータになるかもしれませんが、Grether et al. (2009)自閉症の疫学データを見ると以下のようになっているようです*6

年齢階級 発症率 [%] Δ5歳による発症率増分 [%]
15-19 0.14 0.06
20-24 0.20 0.06
25-29 0.26 0.09
30-34 0.35 0.11
35-39 0.42 0.08
40-44 0.50 0.02
45-49 0.52 0.04
50-54 0.56 0.04
55-59 0.48 -0.08

ここで年齢は父親のものです。母親のデータもありますが、傾向は同じなので割愛します。

全体的な傾向として、「Δ5歳による発症率の増分」自体は年齢とはあまり関係ないようです。おしなべて、0.01〜0.1%(1000〜10000万人に1人)のオーダーでコンスタントに発症率が増加していくようです*7

まとめ:Δ5歳のリスク:フェルミ推定的なモノサシとして

参考までに、以上で計算してきた「Δ5歳のリスク」を表に短くまとめてみます。


<5歳年を取ることによるリスクまたは発症率の増分>

年齢階級 死亡率増分 [%] 全ガン死亡率増分[%] 肺ガン死亡率増分[%] ダウン症発症率増分[%] 自閉症発症率増分[%]
15-19 0.03 0.00011 0.000013 --- 0.06
25-29 0.02 0.00041 0.00046 0.02 0.09
35-39 0.06 0.0043 0.0022 0.84 0.08
45-49 0.16 0.015 0.011 --- 0.04
55-59 0.32 0.059 0.027 --- -0.08
65-69 0.94 0.11 0.049 --- ---
75-79 2.87 0.36 0.081 --- ---
85-89 7.77 --- --- --- ---
注意:死亡率の単位は「年当たり・一人あたり」.ダウン症発症率の単位は「(胎児)一人あたり」.自閉症の発症率は「(出生児)一人あたり」.*8
参考:喫煙による絶対リスクの増分は0.01〜0.1%のオーダーくらい*9
化学物質の管理政策における許容可能なリスクの程度は「化学物質による生涯発ガンリスクの増分が0.001〜0.0001%以内」*10


以上のリスクの増分を見ると、5歳年をとることによるリスク状況の変化をおおまかに掴むことができるような気がします。


特に、「死亡」と「加齢」は普遍的要因であり、また統計的データとしても申し分のないものなので、「死亡率におけるΔ5歳のリスク」を1つのフェルミ推定的モノサシとして覚えておくのもよいかもしれません。

「死亡率におけるΔ5歳のリスク」は25歳において0.02%(10000人中2人分)程度、45歳において0.16%(1000人中1.6人分)程度、65歳において0.94%(100人中1人分程度)、85歳において7.77%(100人中8人分)程度となっています。


上記の表は加齢によるリスクの増加を明確に示しています。残念ながらわれわれは歳をとらずに生きていくことはできませんが、色々なリスクをいつのまにか小脇に抱えながらも精一杯生きていきたいものです。



*尚、事実(〜である)から規範(〜べきである)を導くにあたってはくれぐれも慎重なご配慮をお願いいたします。「どう生きるべきか」は基本的には個々人の価値判断に属することです。


関連文献

数学脳で考える フェルミ推定的日常生活のすすめ

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*1:基本的にオーダーが合ってればよいかな、という程度の精度の話になります

*2:上記統計資料リンク先参照のこと

*3:この辺りの事情が七五三という風習の起源にあるのかもしれない

*4:年齢階級別で見た場合。生涯リスクで見た場合の増分はもう少し大きくなると思われる。

*5:化学物質の場合には「生涯」発ガンリスクの増分を見ているので、ここでは微妙にコンテキストがずれていることに注意。年齢階級別の絶対リスクの増分に換算すると増分の値はもう一桁ほど小さくなるかと思われる。

*6:尚、現論文中ではオッズ比を比較していますが、相対リスクやオッズ比はリスクコミュニケーションの観点からみると明らかに不適切な指標なので、絶対リスクに換算しています

*7:注:55-59歳の年齢階級で発症率が減っているのは、55-59歳のデータの少なさに起因する偶然である可能性が高いと思われます

*8:ちがう単位の値を並べているので、この表は基本的にスジの悪い比較であることには留意が必要

*9:注4も参照

*10:注5も参照