Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

正式版告知:研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』3/11@国立環境研

こんにちは。林岳彦です。今回は研究集会の告知(正式版)です。年度末シーズンでの開催となりますが、研究費が余ったから帳尻合わせでやるような類の研究集会とは全く異なるものですので、ご参加のご検討のほど何卒よろしくお願いいたします!


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国立環境研H30所内公募研究『環境分野におけるEBPM』およびFoRAM(リスク評価勉強会*1)の共催として、「エビデンス・リスク分析と公共政策の関係について、価値/規範の側面から議論する」ことを目的としたオープンな研究集会を3/11(月)に以下の要領で開催いたします。ご興味のある方々のご参加を広く歓迎いたします。(参加費・事前登録等の必要はありません。所内外や専門分野を問わずどなたでもご参加を歓迎いたします)

研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値・規範と公共政策についていかに語りうるのか』
3/11(月)14:00-16:45
於:国立環境研究所地球温暖化研究棟交流会議室( https://www.nies.go.jp/sisetu/map/index.html

[国立環境研究所の所外からご参加される方は、まず正門左手の守衛室にて入構手続きをお済ませの上、地球温暖化研究棟にお越しください。交流会議室は地球温暖化研究棟の入り口から入って1F右手奥左側となります。]

企画趣旨
環境学やリスク学の研究者がその活動の中で価値・規範にかんする問題に直面したとき、それをどう学術-公共政策のアジェンダとして学術的に/制度的に取扱いうるのかは悩ましい問題である。また、もしそれらの研究者が生産するリスク評価や学術的エビデンスが価値・規範の問題とあまりに切り離されて取り扱われてしまうと、社会的な議論の深まりを逆に阻害する道具となりかねないという懸念もある。本研究集会では、公共政策の規範的分析を専門とする佐野亘先生のお話を基調として、学術知と公共政策と価値・規範の関係について議論する。

発表内容
(1) 林岳彦(国立環境研・環境リスク健康研究センター)『規範的リスク分析を待ちながら --- 趣旨説明』
*研究集会全体の企画趣旨は上述のとおり。各講演についての企画趣旨は末尾参照のこと。

(2) 佐野亘(京都大学・地球環境学堂)『なぜ規範的政策分析か?-公共政策学における価値と規範』
概要:公共政策学は、政策過程に関する実証的な研究と、政策改善を直接の目的とする規範的な研究にわかれる。後者の規範的な研究をおこなおうとすると、最終的になにをもってよいとするか、という価値判断の問題が避けられないことが多い。ところが、どうすれば合理的な価値判断ができるか、という問いについては、意外に議論がなされていない。報告者は、規範的政策分析が必要とされるのは、まさにこの点にあると考えている。本報告では、公共政策学の基本的な内容を紹介したうえで、なぜ規範的政策分析が必要とされるのか、またそのための具体的な分析手法としてどのようなものが考えられるのか、考えたい。

(3) 江守正多(国立環境研・地球環境研究センター)『気候科学は社会の価値にどう向き合うか』
概要:気候変動問題に関わる自然科学者として、報告者が価値について考えてきたことをお話ししたい。気候変動はそもそも政治性の高い問題であり、報告者は当初はその中でできる限り価値中立的に振舞おうと努めた。しかし、次第にそのようなポジションは無効であると考えるようになる。パリ協定成立以降、報告者のポジションは変容した。価値の中でもがく専門家の一例の話としてお聞き願いたい。

(4) 加納寛之(大阪大学・人間科学研究科)『環境分野におけるエビデンスに基づく政策形成の適用に向けて: エビデンス概念の整理と評価軸の検討』
概要:エビデンスに基づく政策形成(EBPM)が環境分野でも求められている。しかしながら、他分野で支配的なEBPMの考え方を環境分野にそのまま適用することは有効でない。本講演では、環境分野のエビデンスの種類や役割を確認し、エビデンスをその生産から活用に渡る一連の過程で評価するための視点を整備することで、環境分野に適用可能なEBPMの枠組みを提示する。

(5) 村上道夫(福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座)『リスクと"価値":福島災害後の経験から』
概要:2011年の福島災害は、放射線被ばくや心身の健康リスクに限らず、社会的健康リスクも含む多様な健康リスクをもたらした。本講演では、それらのリスク研究の事例を紹介する。また、災害後の研究・調査と倫理的課題について、具体的な事例を交えながら、社会と科学の総合的な作用について議論する。


【以下、企画者(林岳彦)による各講演についての企画趣旨の説明】
・佐野亘さんのご講演
佐野さんのご専門は価値・規範の観点からの政策分析です。(特に、特定ジャンル内の話の中で終始するわけではない気候変動や福島の話に関わるような)リスクの話をしていると「価値を考えることが重要」のような話は頻繁に出てきます。しかし、たとえば「正義」「自由」「権利」「責任」といった価値・規範に関する概念を正確かつ混乱なく使用して議論することは規範論について一定のトレーニングを経ていない人間には実はかなり難しいものがあり、もし規範的分析を公共的決定の礎となりうるレベル感で行おうと考えるならば佐野さんのようなプロと一緒にやることが望ましいと考えています。(例えば中西準子氏は価値についてはセンスだけで語ってきた側面があり、それが一概に悪かったとは言わないものの、環境学やリスク学の研究者が価値について語るとき今後もずっとそういうスタイルで良いのか --- という話です。) 今回は佐野さんにご自身の「規範的政策分析」のコンセプトについて語っていただき、環境学・リスク学との協働の可能性について探っていければ良いなと考えています。

・江守正多さんのご講演
江守さんはかねてより気候変動に関する市民とのコミュニケーションにおいて精力的な活動を続けられており、近年は国環研内に「社会対話・協働オフィス*2」を立ち上げて活動の幅をさらに広げられています。本研究集会では「気候変動と"価値"の問題」を中心テーマにお話いただきます。

・加納寛之さんのご講演
加納さんにはEvidence-Based Policy Makingに関する研究(林との共同研究)のお話をいただきます。実はEBPMと環境研究/リスク評価/管理の間には実務にも関わってくる微妙な関係性があります。例えば、トランプ政権が環境規制の正当化に必要なエビデンスレベルを引き上げることによりEPA(米国環境保護庁)による環境規制の動きを無力化してくるのではないか --- という懸念はもはや現実的なものとなっており、そのため「エビデンスレベル」の運用のあり方については環境学・リスク学の観点からも無関心ではいられないところがあります。そのような問題意識のもと、まずはEBPMにおける鍵概念となる「エビデンス」について環境研究の観点からの概念整理を行う研究を進めており、今回はその研究成果についての発表となります。将来的には環境学・リスク学(レギュラトリーサイエンス)とEBPMについての建設的な関係性を構築することを目指しており、今回の講演はその第一歩を意図したものになります。

・村上道夫さんのご講演
村上さんは、将来的に福島の原発事故が歴史的に総括される際には最重要な学術的知見の一部として参照されると思われるような「原発事故に関わる健康リスク評価」等についての一連の非常に重要な研究を行われてきています*3。本研究集会では、それらの研究についてご紹介いただくとともに、福島でリスクについて評価/分析/考察することで直面した(せざるをえなかった)価値/規範の問題について語っていただく予定です。企画全体の中での意図としては、それらの価値/規範についての問題をどう学術-公共政策のアジェンダとして取扱いうるのだろうか?というところを全体の議論として繋げていければと考えています。


関連文献:

  • 佐野亘(2010)『公共政策規範』ミネルヴァ書房

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

  • 佐野亘(2013)『規範的政策分析の確立に向けて』公共政策研究, 13, 65-80

ci.nii.ac.jp

  • ジョナサン・ウルフ(2016)『「正しい政策」がないならどうすべきか 政策のための哲学』勁草書房

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

  • 江守正多(2013)『異常気象と人類の選択』角川SSC新書

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

  • 村上道夫ら(2014)『基準値のからくり』講談社ブルーバックス

基準値のからくり (ブルーバックス)

基準値のからくり (ブルーバックス)

*1: FoRAM( https://staff.aist.go.jp/kyoko.ono/FoRAM/home.html )というのは、もともとはリスク学系研究者有志若手が立ち上げた「リスク学若手の会」のような性質の会です。発足から10年ほどたち主要メンバーも40代後半に差し掛かり、リスク学会およびリスク系の公共政策の実務において中心的な役割を担いつつある状況となっております。そんな中で、(リスク分析というのは政策分析のいちジャンルでしかないことにもっと自覚的になり)そろそろ公共政策学との関わりを模索していって良い時季ではないかと考えたことが本企画の意図の一つとなっています。

*2:http://www.nies.go.jp/taiwa/

*3:https://www.fmu.ac.jp/home/risk/michio/indexj.htm#publication