論文数の割引率:なぜ論文を書き上げないまま他の研究をはじめてはいけないのか
酒井聡樹先生の「これから論文を書く若者のために」という論文執筆指南書があります。ザ・名著です。
- 作者: 酒井聡樹
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 2006/04/06
- メディア: 単行本
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私にとっては「論文執筆において必要なことは全てこの本から学んだ」と言ってもよいくらいお世話になった本と言えます。
この本の中の金言の一つとして、ひとつの研究がまとまった際に「その論文を書き上げないままに他の研究をはじめてはいけない」というものがあります。
なぜこれが金言なのか、について今日は主にエア後輩たちに向けて書いていきたいと思います。
なぜ論文を書き上げないまま他の研究をはじめてはいけないか:論文執筆の観点から
酒井先生の本には主に論文執筆の視点からの理由づけが書かれています。詳しくは本を実際に読んでいただきたいと思いますが、要約すると:
- 研究成果がまとまったそのときが研究成果に対する愛情が最も深い
- 研究成果がまとまったそのときが研究成果に対する理解も最も深い
- 研究は日進月歩(研究成果自体もどんどん古くなっていく)
というのが主な理由として挙げられています。ズバリその通りかと思われます。
なぜ論文を書き上げないまま他の研究をはじめてはいけないか:キャリア形成の観点から
さて、キャリア形成の観点から言っても、論文をそのつど書き上げていくことは非常に大切です。
説明のための仮想例として、以下のようなモデルケースを想定して考えてみましょう。
- M1からD3までの5年間に1年に論文を1本書ける分量の研究を行う(つまり5年間のトータルで論文5本分の研究を行う)
- 1本の論文を書く際に必要な時間は、研究自体に9ヶ月・論文執筆に3ヶ月
- 論文の投稿から受理まで9ヶ月かかる
あくまで仮想例なのでかなーり単純化してありますがご容赦ください。
ここで、やや極端ですが、研究遂行のスケジューリングとして:
- そのつど論文を書き上げてから新しい研究をはじめるケース
- 論文を書き上げる前に新しい研究をはじめてしまうケース
という2つのケースを考えてみましょう。
下の図に、(A)その都度論文を書き上げる場合、(B)最後に論文を書き上げる場合、の仕事の進捗および出版業績のタイムコースをまとめてみました。
上の図を見ると、M1-D3の5年間でのトータルでの仕事の内容と分量が全く同じであっても、キャリア形成においては天と地ほどの差が起こりうるということが分かります。
例えば(A)のケースでは、D2(論文数2)のときに学振DC2に申請→採用され、PD1(論文数4)のときに学振PDに申請→採用される、というかなり理想的なキャリアパスをそれなりの確率で辿ることができそうです。
一方(B)のケースでは、D3のときまで論文数がゼロなので当然学振には縁がなく、PD1の時点でも論文数が2なので、おそらく数年を職なしオーバードクターとして過ごすのを余儀なくされるか、あるいは良くても自分の本来の希望分野とは違うところで雇われポスドクをすることになるというのが、一般的なキャリアパスになるでしょう。
(A)と(B)で実際に行なった仕事の内容は同一であることを考えると、この差はかなり大きいですよね。
上記の例は極端なものですが、論文を書き上げないまま他の研究をはじめると痛い目に合う危険性が非常に高い*1、ということの原理は理解できるかと思われます。
若手研究者にとって論文数には「割引率」がある
さて、上記の話をまとめると、就職活動中の若手研究者にとって論文数には「割引率」があるのだという言い方もできるかもしれません。
割引率とは貨幣の「現在価値」と「将来価値」を比べたものあり、例えば年利が5%の場合、現在の100万円は10年後の163万円程度に相当することになります。
割引現在価値 - Wikipedia
DCF法 - Wikipedia
このアナロジーに則り言いますと、「D1のときの論文1本を持っていることの価値は2年後(D3)のときの論文3〜4本分くらいの価値に相当する」とも言えるかもしれません*2。なぜなら、D1のときにはその1本で学振がとれるかもしれませんが、D3では少なくとも4本くらいないと学振が取れないかもしれないからです。
一般論として、就職活動中の若手研究者にとっては、同じ一本の論文でも、勝負したい奨学金/就職の公募の前に受理されたものとその後に受理されたものでは、その実質的な価値は全く異なってきます。そのため、とにかく早めに書いてしまうことがキャリア形成という意味での「論文の現在価値」を最大限に高める意味でも大切なのです。
というわけで:
あなたがもし若き院生ならばゲームなどをしているヒマはありません。ラブプラスを質に入れてでもあなたにはやるべきことがあるはずです。
論文が書ける状態の研究があるならば、即刻書き上げてしまいましょう!*3
関連記事:研究の効率:店を潰さないということ - Take a Risk: 林岳彦の研究メモ
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「さっさと書き上げてしまう」というのはいわゆるGTDのポリシーに則った主張とも言えるかもしれませんのでこちらも:
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