Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

僕は論文が書けない:苦境脱出へ向けての2+1冊

こんにちは。林岳彦です。最近は佐野元春ばかり聴いています*1。将来的にはあんな髪型になりたい。


さて。

「研究者なれども研究しない!」という斬新な決めフレーズでおなじみの雑用戦隊ヒーローシリーズがありますが、かくいう私も何やかんやの雑用に埋もれてここのところ論文を書くペースがすっかり落ち込んでおり*2、そんなこんなのアオリで本ブログも休止しているありさまになっています。

そんな折、私の心の師ともいうべき東北大学の酒井聡樹先生から近刊である『これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版』をご恵贈いただいたので今回の記事を書くことにしました。

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

今回は、久しぶりの【研究hacks】タグの記事になります。今回は院生〜若手〜中堅研究者くらいの方々を想定読者として書いていきます。

(書いてるうちにまたかなり長くなってしまいました。すみません。。。)


論文が書けない それは苦しい

はい。ではまず手始めに事実を確認しておきましょう。論文が書けない。それは苦しいことです。

「飛べない豚はただの豚」という有名なフレーズがありますが、「書けない研究者はただの金髪豚野郎ヒト」であるように思います。

どんなに些細な研究であったとしても、その内容を論文として遺すことにより私たちの研究ははじめてパブリックなものになり、その一つ一つはささやかなものであるかもしれない論文たちが集積しアカデミズムという大河へと連なり人類の学究は悠久の時を超えて続いていくのです。

個々の研究者というものはアカデミズムという大河に浮かぶ一隻の小舟のようなものです。そして言わば「論文が書けない研究者」はこの大河から外れて座礁してしまった存在なのです。もし我々が「論文が書けない」状況に陥ってしまったならば、そしてもし依然「研究者」でありつづけたいのならば、急いでまたその大河へと戻らねばなりません。


どうやって戻るのかって?

論文を書くのです。他に道はありません。

1冊めの紹介:『これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版』

はい。では論文を書くための(再)準備を進めていきましょう。

まずは酒井先生からご恵贈いただいた『これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版』を採り上げていきます。

(いちおう情報開示のため酒井先生と私の関係性を説明しておきますと、私と酒井先生は15年ほど昔に「大学院生(私)と、私の指導教官(某河田雅圭先生)と仲の良い助教授(酒井先生)」という関係でした。比喩的に言えば、私にとって河田先生が「ダメな親*3」ならば酒井先生は「気さくな叔父さん」というイメージです。私にとってとてもありがたい存在でした)

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

*酒井先生自身による本書の紹介ページはこちら


さて。「人生で必要な知恵はすべて大学院の修羅場で失った幼稚園の砂場で学んだ」という有名なフレーズがありますが、私にとって本書は「論文書きに必要な知恵はすべてこの本で学んだ」と言っても過言ではない本です。マジ感謝しております。

もしかすると訝しんでおられる方も居るかもしれませんが、決して単に今回ご恵贈いただいたという理由により本書の宣伝をしているわけではありません。私の本書にかける想いはそんなインスタントなものではありません。以下のリンク先に確固たる証拠があります:

Amazon.co.jp:カスタマーレビュー: これから論文を書く若者のために


実は、上記のリンク先にある本書の初版についての『類をみない良書』という題のアマゾンレビューは、私が11年前にテネシー大学でのポスドク時代に書いたものなのです*4。いま改めてこのレビューを読み返すと、私の本書へのほとばしる愛と、元指導教官(某河田先生)へのにじみ出る恨み節が感じられて、我ながらほっこりといたします。


上記の11年前のアマゾンレビューでも書いていますが、「論文を書くスキル」というものは論文を書くことでしか養われない部分があります。多くの場合、筆頭著者で4本、5本、6本と論文を書いていくとだんだん「ああ俺もかなり論文を書くスキルがついたなあ」と思えてくるのではないでしょうか。問題は、では「はじめて論文を書く若者」はどうすれば良いのか、ということになります。

本書はそんな「はじめて論文を書く若者」のために最初の手ほどきをしてくれる稀有な本なのです。


はじめて論文を書く若者は色々なことが分かりません。

イントロダクションをどう書けば良いのかが分からない、メソッドには何をどこまで書けば良いのかが分からない、リザルトには何を書き何を書くべきでないのかが分からない、ディスカッションには何をどう書いていいのかわからない、投稿時のレターには何を書けば良いのかわからない、査読コメントのリプライはどのように書けば良いのか分からない、リジェクトのレターが届いたときにどんな顔をすれば良いのか分からない、など分からないことだらけです。


本書はそんな「(科学)論文の執筆から受理に至るまでの過程において何を書くべきであり何を書くべきではないのか」について丁寧に語ってくれる大変ありがたい本なのです。

「論文の書き方が分からない」という若者の方々、あるいはそのような若者を指導する立場になった研究者の方々には、まず読むべき本として心からオススメしたいと思います。


論文書きという苦境の中に、仄かに希望の光が見えてくる、かもしれません。


2冊めの紹介:『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』

さて。

基本的にポイズンなこの世の中では、残念ながら、論文の書き方は分かっていても論文が書けない状況に陥ることもあります。

「研究者がバスルームで論文を書くのを邪魔をする100の方法」というロリポップ・ソニック改名バンドの有名な曲がありますが、研究者も中堅にさしかかってくると、さまざまな書類書きや会議や教育や学会業務や愛しさや切なさや心強さなどによって、そもそも「研究をする時間/論文を書く時間がない!」という新たな壁にぶち当たるようになります。

その壁をどう乗り越えるのか。その戦略を考える際に参考になるのが、以下の『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』です。

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)

*出版社による本書の紹介ページはこちら


この本の内容は、本書のはじめに収録されている三中信宏さんによる「推薦のことば:日本語版刊行にあたって」の中で以下のように巧みに要約されてます*5

 本書が掲げるのはたくさん書くための抽象的な精神論ではない。むしろ、この上もなく具体的な行動規範を著者は強調する。とくに重要な点は、文章を書くための時間は”見つける”ものではなく、スケジュール的に”割り振る”という発想の転換である。書く時間をあらかじめ設定し、万難を排してそのスケジュールを死守する書き手を著者は「スケジュール派(schedule-follower)」と呼ぶ。たくさん書くためにはスケジュール派であれ。たしかにこのスローガンを守ることができる研究者はきっとシアワセになれる。ウソではない。

 日頃よく耳にする「もっと時間があったら…」とか「機が熟してから…」とか「もっと調べてから…」という弁解は、単に自分が書かないことに対する見苦しい言い訳にすぎない。ヒソカに罪の意識に苛まれつつ、それでも書くことを先延ばしにしたあげく、締切間際まで追い込まれてからドロナワ夜なべ仕事で書きまくるスタイルを著者は嘲笑して「一気書き(big writing)」と呼ぶ。研究者が「一気書き」に逃避するこのような言い訳を、著者がひとつひとつ論破していくようすはまさに大魔神のごとし。

はい。このような本です。

本書は、日々の多忙さの只中で「書くためのスケジュールをどう確保する(べき)か」という問題について、心理学者である著者が専門的な知見を交えつつ解決策を説いていく本です。その筆致は説得的かつスムーズであり、文章を楽しみながら「書くための時間をあらかじめ確保すること」の大切さとそのための具体的な方法を学べるようになっています。


もしかすると、本書の副題の『どうすれば「たくさん」書けるのか』という部分に対して、「研究者の目指すべきは論文のじゃねーだろーが」と反発を覚える方もいるかもしれません。しかし、実際に読んでみると『「たくさん」書ける』というのは釣りタイトルに近いことが分かります。著者自身が本書のおわりで述べている箇所を引用します*6

本書で説明しているのは、たしかに「どうやって文章をたくさん書くか」かもしれない。でも、たくさん書かねばならないというふうに思い込まないこと。正確を期すということでは、本書のタイトルは『どうやって通常の勤務日に、不安や罪悪感に苛まれずに、より生産的に書くか』にした方がよかったのかもしれない。でも、それでは誰も買ってくれないだろう。

確かに、本書の内容をより正確に表すと『通常の勤務日に、不安や罪悪感に苛まれずに、より生産的に書く方法』になるかと思います。なので、「たくさん書く」の部分に反発を感じた方もご安心ください。


というわけで、寄せては返す雑用の波に揉まれながらも『通常の勤務日に、不安や罪悪感に苛まれずに、より生産的に書きたい』という儚い望みを持ちつづけて日々耐え忍んでいる愛すべき研究者の方々に、本書をオススメしたいと思います。

ちなみに三中信宏さんはこの本に書いてあることを実践したら、なんと1年近く放っておいた翻訳のお仕事がみるみるうちに『たった三週間でまる一冊が翻訳できてしまった』そうですよ。むかしジャンプに載ってたブルワーカーの広告みたいに凄い効果ですね!

+1冊の紹介:『かくかくしかじか』

さてさて。

もちろん、基本的にポイズンなこの世の中では、上記の『できる研究者の論文生産術』を読んだからといって、そもそもの雑用の総量が減るわけではありません。たとえどんなに雑用を減らそうと努力したとしても、エントロピーと雑用が増大しつづけるというのは、宇宙の法則なのです。島本和彦作品の登場人物でもないかぎり、一介の個人が宇宙の法則に勝てるはずがありません。

「研究者が論文を書き始めれば7人の敵がいる、もしくは、11人いる!」という有名なフレーズがありますが、職場の状況によっては、もろもろの雑用による組織への貢献で認められていれば、いつの間にか周りから「論文を書け」と強くは言われなくなってくるかもしれません。研究者も中堅にさしかかると、毎日毎日、何だかんだで雑用を強気で注文してくる人々の数はとても多くなるものですが、それに比べると「論文を書け」と強気で注文をしてくる人の数はとても少なくなっていくものです。

そんな状況の中で、雑用の波に流されずに「論文を書く」ことに情熱と時間を割きつづけることは簡単ではないのかもしれません。

しかし。想像してみてください。

もし、今あなたが後ろに振り向いたらそこに佐野元春が居て、その佐野元春に「きみは雑用がしたくて研究者になったのかい?」と正面から尋ねられたら、あなたは何と答えますか?

「研究です!私は研究がやりたいんです!」と涙ながらに答えるのではないでしょうか。少なくとも私はそう答えるでしょう。研究がやりたいのです。佐野元春相手に嘘はつけません。

しかし、現実とは基本的にポイズンなものです。
現実には、あなたの後ろの正面に佐野元春はいないのです。
現実には研究者も中堅に差し掛かってくると、佐野元春どころか、「論文を書け」と背中を押してくれる人間自体がもう周りからいなくなってくるのです。

寂しいことです。

そんな状況の中堅研究者にオススメしたい作品が、東村アキコさんの『かくかくしかじか』という作品です:

かくかくしかじか 5 (愛蔵版コミックス)

かくかくしかじか 5 (愛蔵版コミックス)

*出版社による本作品の紹介ページはこちら
*本作品についての東村アキコさんのインタビューはこちら


この本は「マンガ大賞2015」も受賞しているたいへん有名なマンガなので、既にご存知の方も多いかと思います。この漫画は、作者である東村アキコさんと、彼女の高校からの絵の師匠である日高先生との関係を描いた自伝的作品です。


もしあなたが中堅研究者であるならば、ぜひこのマンガを読んでみてください。

この『かくかくしかじか』を読み通すと、おそらく、あなたがまだ「これから論文を書く若者」だった頃から研究者として独り立ちするまでに、論文を『書け』とあなたの背中を押してくれた指導教官、大学院の先輩、あるいは色々と世話をしてくれた年長の研究者などなどの顔が思い浮かんでくるのではないかと思います。

そして、もしかしたら、本作品内でのアキコのように、今までそんな方々に不義理を重ねてきたことを思いだして心がしくしくと痛むのかもしれません。


そうならば、今からせめてもの「恩返し」をしましょう。

どう恩返しするのかって?


論文を書くのです。私たちは研究者なのですから。


おわりに:「いつ書くの?」

はい。

今回は以下の3冊(というか2冊と1シリーズですが)の本を紹介いたしました。

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)

できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか (KS科学一般書)

かくかくしかじか 5 (愛蔵版コミックス)

かくかくしかじか 5 (愛蔵版コミックス)

もし上記の3冊(というか2冊と1シリーズ)を読み終えれば、論文を書くための技術も、論文を書くための時間を確保するための段取り法も、論文を書くためのモチベーションも、全てが準備万端となるはずです。


あとは書き始めるだけです。

想像してみてください。


もし佐野元春に「きみはいつ論文を書き始めるんだい?」と尋ねられたら、あなたはどう答えますか?




もちろん答えは・・








SOMEDAY

SOMEDAY









.*7

*1:さいきん『Visitors』のころのライブ映像を見ました。『Visitors』ってヒップホップの印象が強かったですが、ライブ映像を見るとむしろプリンスの影響を強くかんじるなあと思いました。今さらながら意外な発見

*2:もともとペース低いのに、さらに

*3:当時の河田先生はかなりの放置系の先生で院生としては非常に苦しみました。今は元学生として普通に仲良くさせていただいていますが、今でも河田先生に「林君は昔は暗かったけど今は明るくなったね」とか言われると、「院生時代はお前のせいで暗かったんじゃ〜!!」とふつふつと当時の恨みがよみがえります。あと関係ないけどおぎやはぎの矢作さんは河田先生にちょっと似てると思う

*4:昔はアマゾンレビューをけっこう書いたりしてました。今考えるとそんな暇あったら論文書け!っていう話ですね。

*5:同書内頁viiより引用

*6:同書内頁155より引用

*7:すんません。嘘です。。。今日から書き始めましょう!