Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

素晴らしく勉強になった:『実践!交渉学 ---いかに合意形成を図るか』松浦正浩著

今回は東大の松浦正浩さんが書かれた『実践!交渉学 ---いかに合意形成を図るか』という新書のメモをしておきます。

実践!交渉学 いかに合意形成を図るか (ちくま新書)

実践!交渉学 いかに合意形成を図るか (ちくま新書)

本書の感想を結論から言うと、簡にして要を得た素晴らしい新書だと思いました。特に私のようなリスク評価に関わる人々にとっては、リスク評価の「出口戦略」について考える上でかなり示唆的な内容ではないかと思います。たいへん勉強になりました。


この本の内容をかんたんに紹介すると、まず「交渉(negotiation)とは何か」について学問的に整理したあと、二者間交渉についてBATNA(不調時代替案)・ZOPA(合意可能領域)・パレート最適といった概念を軸に整理し、その語に多者間交渉、社会的な合意形成について「交渉学」の枠組みを用いて整理していくというかんじです。理論的なベースとなっているのはゲーム理論とミクロ経済学のようです。

以下は、この本の内容の紹介というよりも、自分が「リスク評価者」という立場からこの本に触発されて考えたことをメモしたいと思います。(以下の内容は本書を読んでいないと理解できないかもしれませんが、ご容赦ください)

「立場」と「利害」を区別する:リスク評価の果たすべき役割を考える

本書をリスク評価者という立ち位置から読んでいちばん印象深かったのは、「立場と利害を区別するべし」というところでした。なぜこの区別が大事かというと、「立場」ではなく「利害」に焦点を当てるとWin-Winな合意形成が容易となることがあるから、というのがその骨子のようです。


説明のための仮想例として、農薬の使用の是非に関して「反農薬の市民団体」と「農家」という二つの立場のあいだに対立がある場合について考えてみましょう。この場合には、両者の「立場」間の合意形成をとりつけるのは一見難しそうです。

では、ここで両者の「立場」ではなく「利害」の内訳に着目してみましょう。すると、「反農薬の市民団体」にとっての主要な関心事は「環境負荷と安全性」であり、別に農薬のもつ「農家の労力低減」という利点自体には異議を唱えているわけではないことに気付くかもしれません。同様に「農家」にとっての主要な関心事は「労力低減」であり、「環境負荷と安全性」を懸念すること自体に異議を唱えているわけではないことに気付くかもしれません。

このように両者の「利害」の内訳に着目すると、Win-Win(パレート改善)となる新たな方向性として、「営農が持続可能となる程度に農家の労力を低減できる農薬のうち、より環境負荷が少なく安全性が担保されている農薬へシフトしていく」という形での合意形成がありうることが視野に入ってくるかもしれません。このように、「立場」に拘るのではなく「利害」の内訳に着目することにより、新たにWin-Winとなる合意が生まれる可能性が見えてくることがあるわけです。


上記のような論点をベースとして「リスク評価」について考えてみると、リスク評価の社会的役割というのは、「Win-Win(パレート改善)となる合意形成への経路*1を『見える化』するために必要な、ひと揃いの『エビデンス』と『予測』を社会に提示すること」である、とまとめることができるかもしれません。逆に言うと、そのような役割を果たすためには、リスク評価は「パレート改善となりうる合意形成への諸径路の潜在的な全貌」を考慮に入れながら周到にデザインされなけばならない、とも言えるかもしれません*2。これは、なかなかに難しいことですが。

立場を超えて:「リスクコミュニケーション」から「リスクネゴシエーション」へ

「立場」と「利害」を区別することは、リスクガバナンスの観点からも重要であると思われます。

よく知られているリスクアナリシスについての概念図として、以下のような図があります(関連記事):

基本的にこの図では「リスクアセスメント従事者」「リスクマネジメント従事者」「一般大衆」が「立場」として捉えられていることが分かります。
しかしながら、このように固定された立場間のやりとりとして「リスクコミュニケーション」を想定するという枠組みは、「立場間の対立」の発展的解消(パレート改善)を目指す上ではあまり有効なものではないかもしれません。

前節からの論点を踏襲すると、この概念図のような「立場をベースとしたコミュニケーション(リスクコミュニケーション)」の枠組みよりも、「利害をベースとしたネゴシエーション(リスクネゴシエーション)」の枠組みの方が建設的な結果に繋がりやすいといえるのかもしれません。そしておそらく、この場合の「リスクネゴシエーション」というのは実際上ほぼ「リスクガバナンス」という概念と重なってくるのではないかと考えられます。

共同事実確認:メタリスク評価へのstraightforwardな路だよなぁ

本書の勉強になった点として、「共同事実確認」という考え方/方法論を知ることができたこともぜひ挙げたいです。

共同事実確認とは何かというと、合意形成のための事実や専門的知見の整理のための方法論のようです。最近も、以下のワークショップが行われたようです*3

iJFF 研究開発プロジェクト|共同事実確認手法を活用した政策形成過程の検討と実装

共同事実確認についての簡潔な解説として、このサイトに書いてある開催趣旨(の前半)を引用します:

ステークホルダー合意形成を指向するガバナンスにもとづく政策形成の現場ではいま、ステークホルダーの利害対立に加え、「事実」や「専門的知見」などのエビデンスに関する認識の対立という、二重の対立が問題となっています。米国では対策として、合意形成のための共同事実確認(Joint Fact-Finding)という取り組みが実践されています。


共同事実確認では、(1)ステークホルダーが、確認すべきエビデンス、確認の方法論、協力を得る専門家等について合意形成した上で、(2)専門家がステークホルダーに対して予測の前提条件などを含めてエビデンスを一元的に供給した後、(3)ステークホルダーが合意形成を図り、政策提言を行います。このような段階を踏むことで、エビデンスについての認識統一と、交渉による利害調整・合意形成を区別し、対話を有効に進めることができます。

なるほど、なるほど。

実際にリスク評価に従事したことがある人なら実感として分かるかと思いますが、リスク評価というのは必ずしも完全に客観的なものではなく、用いられる「仮定」や「モデル」や「計算法」によってその結果がしばしば大きく左右されます*4。そのため、同じような"エビデンス"に基づくリスク評価であっても、その結果は必ずしも同じものになるとは限りません。

そのため、上記の引用文にもある通りしばしば『「事実」や「専門的知見」などのエビデンスに関する認識の対立』というものが生じ、いわば「リスク評価結果の評価」という「メタリスク評価」が時には必要とされるわけです。そして、上記の「共同事実確認」という方法論は、合意可能な「メタリスク評価」のたいへんstraightforwardなやり方のひとつであると思われます*5

もう一歩踏み込んでいえば、本来はこの「共同事実確認」のような通過儀礼を通ったものだけが、"社会の中でオーソライズされたリスク評価"といえるのかもしれません。現在のリスク評価は「専門家の合意に基づき制定された一連の手続き」に沿って行われることが多く、その意味において一定の客観性は担保されているものと考えられます。しかしながら、その「専門家の合意に基づき制定された一連の手続き」自体が、そもそも「誰によって/どのように」制定されるのかについては非常に不明瞭な部分があります。

これからのリスク評価においては、そのような「そもそも」の部分をも含めて問われることになっていくでしょう。そのような時代に対応していくためには、この共同事実確認のようなアイデアも視野に入れながらリスク評価の枠組みを構築・開示していくことが重要になると思われます。

結論:おすすめします

いろいろ書いてきましたが、結論としては、本書は大変おすすめです。繰り返しになりますが、特に私のようなリスク評価に関わる人々にとっては、リスク評価の出口戦略と社会的役割について整理する上でかなり参考になるかと思います。

(ぜひ、この著者の方をセミナーの講演者としてつくば方面に一度お呼びしたいものです。。。)

*1:その経路を実際に選択するかどうかはステークホルダー同士での社会的公正さについても視野に入れた交渉により決まる

*2:例えば、先日の中西準子部門長@RISSの引退講演の中で出てきた、「パルプ由来BODを生産工程の改善により低減させる」という方向性はまさに「パレート改善となる解決策への経路」を示すものであるといえるかもしれません。このような視点は「生産工程」というところまで考慮する視野の広さがないと得ることができないんですよね。。。

*3:これ行きたかったなあ!

*4:それらの「仮定」「モデル」「計算法」の殆んどは専門家間でのコンセンサスという「間主観的な根拠」には基づくものではありますが

*5:このような「共同事実確認」的な方向性を目指した先駆的かつ大胆な取り組みの一つとして、産総研の詳細リスク評価書シリーズにおける「実名公開レビュ−方式」を挙げることができるかもしれません