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Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

放射性物質の食品健康影響評価WGの評価書(案)を読んでみた(その1)

リスク

ふう。ここのところ書けずに苦しんでいた論文はやっと英文校閲には出せました。「でも本当の苦しみ(査読)はこれからだ!」とか言わないでくださいね後生ですから。これからまたSドク者によるMニュスクリプトへの言葉責めプレイが待ち受けているかと思うといまから気が重いです。

それはさておき:

2011(平成23)年7月26日に開催された、第9回放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループ(以下WGと略)による評価書(案)を読みました。

評価書(案)を含む会議の資料はこちら:
http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20110726so1

この評価書は全230ページですが、殆んどの部分は過去研究の網羅的レビューであり*1WGによる議論の実質的な部分はp219-223の部分の正味5ページ分だけとなっています

この評価書を一読したところ、個人的にはかなりいろんな意味で考えさせられる内容でした。感想としては、憤慨と疑問と同情が1/3ずつという感じですかね。。。まあ少なくともひじょうに難しい案件であることは確かだと思います。
今回は「この評価書(案)を見て私が考えさせられたこと」について整理してみたいと思います。

まずは憤慨編(?)から。

回答がない。ただのしかばねのようだ・・・

この評価書の「ミッション」については、評価書のp10にこう書いてあります:

2. 評価依頼の内容
食品衛生法(昭和 22 年法律第 233 号)第 6 条第 2 号の規定に基づき、有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるものとして、放射性物質について指標値を定めること

つまり「食品中の放射性物質について指標値を定めること」が、今回のWGのミッションというわけです。

ところが、この全230ページの評価書(案)をくまなく読んでみても、このミッションに対する回答はどこにもありませんでしたなんと、この評価書内のどこにも「指標値を〇〇と定めました」とは一切書かれていなかったのです。。。これはいったいどういうことなんでしょう?


Twitter上の情報では、どうやら指標値として「生涯100mSV」が提示されたという話になっていました。そこで、そういう内容がどこかに書かれていないかを探すと、評価書内にではなく、この評価書案と同時に出されたらしい「食品安全委員会委員長からのメッセージ」という文書のなかに以下の記述がありました(強調は引用者):

累積線量としておおよそ100mSVという値は、生涯における追加的な被ばくによる線量の合計がこの値を超えた場合に、この被ばくを原因とした健康上の影響が出る可能性が高まるということが統計的に示されているもので、大規模な疫学調査によって検出された事象を安全側に立って判断された、おおよその値です。文献において、明らかに健康上の影響が出始めると考えられる数値的データは錯綜していましたが、この値は、それらも踏まえて検討されるものです。累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるかは、リスク管理機関の判断となります。

どうやら、この「累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるかは、リスク管理機関の判断となります」という一文が「指標値として生涯100mSVが提示された」と解釈されているようなのです。

(というか、ここの一文以外には「指標値案として生涯100mSVが提示された」ことを示唆すると思われる文章が一切見つからないのですよ本当に!)


そこで改めて上の文章の流れを見ると、これって本来は(赤字部分は私が追加):

累積線量としておおよそ100mSVという値は、生涯における追加的な被ばくによる線量の合計がこの値を超えた場合に、この被ばくを原因とした健康上の影響が出る可能性が高まるということが統計的に示されているもので、大規模な疫学調査によって検出された事象を安全側に立って判断された、おおよその値です。文献において、明らかに健康上の影響が出始めると考えられる数値的データは錯綜していましたが、この値は、それらも踏まえて検討されるものです。【そのため、当ワーキンググループはおおよそ100mSVを指標値として定めました。】累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるかは、リスク管理機関の判断となります。

と書かれるのがおそらく自然な流れだと思うんですよね。なぜなら、おおよそ100mSVを実質的な指標値として定めない限り、「累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるか」なんて文言は出てこないワケですから。


そう考えると、それならばなぜよりによって最も核心の一文であるはずの【そのため、当ワーキンググループはおおよそ100mSVを指標値として定めました】の部分を抜いてしまうの? という、非常に大きな疑問がわきあがります。

大事なことなんだからせめてごまかさずに議論しようよ・・・

状況をまとめると、この評価書のミッションは「放射性物質について指標値を定めること」です。しかし、その回答としての「指標値は〇〇と定めました」という記述は評価書内には一切ありません。その代わりにあるのは、評価書内ですらなくそれに付随して出された「食品安全委員会委員長からのメッセージ」内における:

累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるかは、リスク管理機関の判断となります

という、このWGが指標値を実質的に100mSVとしたことを「暗にほのめかす」表現だけなのです。

うーむ。。。

この評価のミッションである「放射性物質について指標値を定めること」は、当然、今後の日本にとってひじょうに大きな意味をもつことです。その肝心な部分を担う評価書の中で、「指標値を〇〇に定めます」というまさに核心となる部分は一切書かれずに、付随した別文書のなかで奥ゆかしく「暗にほのめかす」表現をもってしてものごとが済まされているというのは・・・ほんとうに・・・日本的ですよねぇ・・・はぁ・・・(遠い目)


この「本当に重要なことにかぎって明示的な議論を避ける」という態度はリスク評価/管理においては本当に度し難いものだと思いますよわたしは。

ところで・・・食品の話はどうなった?

はい。では気をとりなおして百歩譲って、この評価書(と委員長のメッセージ文書)により「指標値として生涯100mSVが提示された」というのは認めるとしましょう。

で、実はこの「生涯100mSV」という指標値は外部被ばくと内部被曝をの両者を含めたトータルとしての指標値のようです。では、当WGのそもそものミッションである「食品中の放射性物質の指標値」については何と書かれているでしょうか。


実は、本評価書内では「食品中の放射性物質の指標値」については実質的には何一つ触れられていません。


いやこれ信じがたいことですが、本当にそうなんですよ。(嘘だと思ったら実際に評価書読んでみてね!)

つまりこうなっているわけです:

WGへの問い:「食品中の放射性物質について指標値を定めること」
WGの答え(評価書とは別文書内):「累積線量としておおよそ100mSVをどのように振り分けるかは、リスク管理機関の判断となります」


。。。

もうこれって、(1)もともとの問いをはぐらかしている上に、(2)肝心の食品の件についてはガン無視で、さらに(3)問われてもいない「食品以外の外部被ばくも含めての総許容量」について言及している(これって全体の防護計画に影響与えちゃうよね)、という全くもって意味が分からない事態になっています。


確かに「食品中の放射性物質の指標値を決める」という今回のミッションが激ムズなのはじゅうじゅう分かりますけれど、もうこれはちょっとさすがに内容以前の段階でアウトなんじゃないのかなぁ、と思います。

正直、みなさまはこれどう思われますか?


*次回の「疑問編」(キーワード:レギュラトリーサイエンス、有意差主義)へと続く↓
放射性物質の食品健康影響評価WGの評価書案を読んでみた(その2・疑問編) - Take a Risk: 林岳彦の研究メモ

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*1:この部分は資料としてかなり充実していると思う。この資料部分作った中の人えらい