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Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

PM2.5の基礎情報:その定義と発生源と環境中濃度と健康影響と基準値とYシャツと私(v1.2版)

こんにちは林岳彦です。はじめて買ったCDは「種ともこ」です。


さて。

私はここ最近は来週のリスク評価研究会での発表のために、PM2.5関連のいろんな文書を読んでました。

ちょうどそんな折、中国のPM2.5汚染がホットなニュースになっているようなので、もののついでに「PM2.5」についての情報をつらつらとまとめてみようと思います。(もし図が小さすぎる場合にはクリックしてみてください)

(ひとくちで言うと、 PM2.5は濃度としてはおそらく1970年代(高度成長期)をピークとして後は一貫して低下するようなある意味"古典的"な汚染物質なのですが、現状でもそのリスクは低くはない、というかんじの物質です)

【編集注:2012/1/18の21時くらいに発生源の項および資料リストをupdateしてv1.1としました】【編集注2:2012/2/5に1970年代のSPM濃度データとして吉野(2012)からの引用を加えてv1.2としました】

PM2.5って何すか?


PM2.5とは、粒径が2.5μm以下の粒子のことです。上の図では髪の毛とP2.5の大きさを比べていますが、だいたい髪の毛の太さの30分の1くらいですね。花粉(Pollen)が10μmくらいなので、花粉よりもさらに1オーダー小さいかんじになります。

サイズが問題なの?


サイズが問題です。2.5μm以下だと鼻や喉でトラップされずに気管方面に直接入り込んでしまい、健康に影響が出やすくなります(後述)。

PM2.5の中身(成分組成)は?


PM2.5の成分組成は場所により、また時により異なります。(少なくとも日本の場合には)多くの場合には概ね上図のような割合比で、EC(元素状炭素)、OC(有機炭素)、NO3イオン、SO4イオン、NH4イオンなどから構成されます。

おそらく「成分ごとに毒性が異なる」可能性も高く、そのような観点からの研究も盛んにされているのですが、未だあまり明確なところは良くわかっていません(けっきょく粒径が一番クリティカルな要素なのかも?)。

PM2.5はどうやって発生するの?



PM2.5の内訳を大きく分けると(1)燃焼等の際に最初から粒子として発生し直接大気中へ排出されるもの、(2)大気中においてNOxやSOxなどの反応によりガスから生成されてくる粒子、の2つに分かれます(上図参照)。前者を一次生成粒子、後者を二次生成粒子と呼びます。PM2.5の発生源としてはこのどちらも重要です。

【*v1.1版でこのパラグラフ追加*】ちなみに人為的影響の無い(少ない)地点でもPM2.5濃度は5〜10μg/Lm3ほどはあるようです。(つまり、5〜10μg/Lm3程度は自然発生源由来と解釈できます→ 手島 2010 *1

一次粒子の発生源には少し意外なものもあります。発生源(と目されるもの)におけるPM2.5の濃度を見ていきましょう:



「燃焼由来のPM2.5」の発生源として、廃棄物の焼却炉を思い浮かべる人も多いかと思います。しかし、上図から分かる通り、現在(H20調査)は廃棄物の焼却炉からは殆どPM2.5は出ていません(70μg/m3程度)。

これは昔からそうであったわけではなく、ダイオキシン対策のために焼却炉が高性能化したために排出が少なくなったものと思われます(ぱちぱち)。H12調査でとH20調査での「ばいじん」を比較すると、高性能化前後での違いをうかがい知ることができます。

一方、管理されていない燃焼からはけっこうな量のPM2.5が出ているようです:


この図によると、「野焼き」のPM2.5は「15000μg/m3」程度のようです。(実際に、伏見ら(2011)の総説で言及されている研究(Hagino et al. 2006)では、冬期の埼玉におけるPM2.5中の全炭素に対して野焼きが12〜55%(平均31%)寄与していると推定されているそうです*2

室内での例を見てみると:


家庭の厨房(つまり調理)でも「700μg/m3」程度のPM2.5が発生しているようですね。調理の際にはPAH(ベンゾピレンなど)なども発生しますし、できるだけ換気を心がけたいものです。

【*v1.1版でこのパラグラフ追加*】 上野(2010)によると、2008年度の都内17か所での冬期の調査にもとづく計算からは次のような発生源別寄与割合が推定されたようです:


2次生成粒子が6割くらいを占めているようですね*3。自動車排ガスの寄与は全体の16%ほどになっています。


#中国からの影響なども含めて発生源についてのさらなる詳細を知りたい方は、伏見ら(2011)上野(2010)樋口(2010)の御一読をオススメいたします!

環境中のPM2.5濃度はだいたいどうなってるの?

まずは長期のトレンドを探ってみましょう:


この図は、SPM(粒径が10μm以下の浮遊粒子状物質)とPM2.5の年平均値の経年変化を示したものです。ここ30年の間にSPM濃度が着実に減ってきていることが分かると思います。

2000年以前のPM2.5の測定データはありませんが、ザックリと考えて、SPM濃度の0.8倍くらいがPM2.5濃度になるという対応が概ねあるので、1980年のPM2.5濃度(年平均)はだいたい「35-45μg/m3」くらいであると推測できます。SPMのグラフの傾きを見ると、1970年代のPM2.5濃度は高いところ(工業地帯など)では年平均濃度で「60μg/m3」以上あったとしても何ら不思議ではないでしょう(*憶測*)。

現状のPM2.5の年平均濃度は「15-20μg/m3」くらいなので、おそらくPM2.5濃度は1970年代より相対的にはかなり減っているものと思われます。(が、ご存知の通り、お隣の中国が未だ日本の高度成長期的な状態なので、なかなか大変です)

【*v1.1版での追記*】 上野(2010)内のグラフを見ると、都内の自排局の場合には1990年にもかなり高いピーク(SPM濃度で70μg/m3程度)があるようです)


【*v1.2版でこのパラグラフ追加*】 吉野(2012)に、00年代中盤の中国と70年代の日本のSPM濃度*4の図があったので追加で引用しておきます:


1974年のデータを見ると、大田区、北九州市でSPMの平均濃度が90μg/m3に達していることが分かります。0.8倍換算で考えると、これらの地域では1970年代のPM2.5濃度は年平均で70μg/m3くらいあったと考えても何ら不思議はなさそうです。【*v1.2で追加されたパラグラフはここまで*】 


もう少し短期のトレンドも見てみましょう:


この図は2001-2008のPM2.5の年平均値(の平均値)の経年変化です。黒四角が非都市部、白丸が都市部、黒三角が自排局(自動車の影響が強いと思われる測定地点)になります。

現状では、だいたい都市部と自排局が「20μg/m3」、非都市部が「15μg/m3」くらいになっています。

トレンドを見ると自排局の濃度が着実に下がっていることが分かります。これは、 ディーゼル規制などにより、自動車由来のPM2.5が少なくなったためだと思われます(ぱちぱち)。(ちなみに80年代以前とは異なり、現在では、自動車からの排ガス由来のPM2.5はそれほど多くないそうです→ 上図の発生源寄与率の推計では自動車由来は全体の16%)

最後に、日変動も見てみましょう:


この図は青梅街道におけるPM2.5濃度の日変動を示したものです。低い時は「10μg/m3」、高い時は「60μg/m3」程度の濃度になっていることが分かります。

こういう大きな変動は、もしかしたら環境データを見慣れていない人は驚かれるのかもしれませんが、大気中や河川中の環境中濃度ってけっこうこれくらいは普通にばらつくものだったりします。(わりと高度なことをサラッと書きますが、大気や河川中などで起こりやすい拡散濃縮過程での誤差影響は相乗的に効くので、濃度分布が対数正規分布的になりやすいのです)

また、上図の値は24時間平均値ですが、もし1時間平均値のデータを見てみれば、値は当然もっともっと大きな範囲でばらついているはずです。(そのため「1時間平均値」と「24時間平均の基準値」を比較すると、単に通常のばらつきの範囲内の変動でも、「1時間平均値」がその「24時間平均の基準値」を大きく超えるケースはフツウに頻繁に起こりえます)

PM2.5は健康に影響はあるの?

米国EPA(環境保護庁)が2009年にまとめた科学レビューの結論は以下のようになっています:


短期・長期曝露の影響ともに死亡率(Mortality)および心臓血管系への影響*5(Cardiovascular Effects)に関しては「因果的影響あり(Causal)」、呼吸器系への影響に関しては「因果的影響がありそう(likely to be causal)」という判定になっています。

一方、がん(Cancer)に関しては「示唆的(Suggesstive)」に留まっています*6

影響の大きさについての疫学結果も見てみましょう:


この表は、「長期間のPM2.5濃度が10μg/m3増加したとき」の健康影響に関する複数の疫学研究の結果をまとめたものです。

上の表の"Effect Estimates (95CI)"というのは、「PM2.5濃度が10μg/m3増加したとき」の相対リスク*7の推定値(とその95%信頼区間)を表しています。例えば、一番上の行の"Zeger et al. (2008)"を見てみると、Outcomeは"All-Cause Mortality"、"Effect Estimate"は1.15程度になっています。これは、「PM2.5濃度が10μg/m3増加したときに、全死亡率の相対リスクが、1.15倍になっている」ということです。

上記の図を見ると、全死亡で見たときの相対リスクは1.03〜1.2くらいの値をとっていることが判ります。これは、ものすごくザックリ言うと*8、だいたい「長期的にPM2.5濃度が10μg/m3増加」すると「100人の死亡者がいたらそのうちの3人から20人くらいがPM2.5が原因で死亡してるはず」ということになります*9


この潜在的なリスクはかなり高いものであると言えます。(現状の環境中化学物質の中では屈指*10の高リスク物質だと思います)


(*ちょっと「但し書き」を書いておくと、上記に示した疫学研究は米国/米国人を対象としたものなので、日本のケースに上記の研究結果がそのまま当てはまるかどうかについては一定の留保が必要になります。例えば、米国人は心臓血管系の疾患のベースレートが高いので、心臓疾患系の死亡リスクが日本よりかなり高い可能性があります。その辺りの議論については中央環境審議会(2008)微小粒子状物質環境基準専門委員会報告をご参照ください*)


#PM2.5の健康影響に関する科学的知見の詳細を知りたい方はとにかくUSEPA(2009)Integrated Science Assessment for Particulate Matterをオススメいたします(*全1070ページもあるけど!)

PM2.5の環境基準値はどうなってるの?

そろそろ疲れてきたのであっさり書きますが:

  • 日本:年平均値15μg/m3;24時間平均値35μg/m3
  • 米国(2012/12/14に改訂):年平均値12μg/m3;24時間平均値35μg/m3
  • EU:年平均値25μg/m3*11
  • WHO:
    • (暫定目標1)年平均値35μg/m3;24時間平均値75μg/m3
    • (暫定目標2)年平均値25μg/m3;24時間平均値50μg/m3
    • (暫定目標3)年平均値15μg/m3;24時間平均値37.5μg/m3
    • (大気質指針)年平均値10μg/m3;24時間平均値25μg/m3

WHOは各国の内情に合わせて異なる目標値を用意しています。ざっくり言うと、中国は目標1(を遠いゴールとして目指す)、EUは目標2、日本は目標3、米国は「目標3と大気質指針のあいだ」くらいの現状になっています。

ちなみに、米国の最近の基準値改訂については来週のリスク評価研究会で発表する予定です。

PM2.5資料のリンク集(むしろここがメイン)

最後に、これからPM2.5について調べたい方々に向けての助けになるようリンク集を載せておきます。【v1.1での追加を赤で示しました】

全般:

    • 東京都環境局HP 微小粒子状物質(PM2.5)対策(←HP内に資料多数)(link
    • 東京都環境局シンポジウム(2010)微小粒子状物質(PM2.5)の現状と今後の課題link
    • 日本自動車工業会 (2011) 微小粒子状物質:SPMからPM2.5へ(link
    • 中央環境審議会大気環境部会(2008)微小粒子状物質環境基準専門委員会報告(link
    • 東京都微小粒子物質検討会報告(2011)(link
    • USEPA(2009)Integrated Science Assessment for Particulate Matter(link

発生源関係:

    • (*オススメ)東京都微小粒子物質検討会報告(2011)(link
    • 上野(2010)都内のPM2.5環境の現状と発生源調査の状況についてlink
    • 樋口(2010)東京都PM2.5総合調査の経過と今後の課題についてlink
    • 伏見ほか(2009)「PM2.5の実態解明に向けて ー 最近の研究と今後の課題 ー」(link
    • 微小粒子状物質(PM2.5)等発生源調査結果報告書(2011)(link

健康影響:

    • (*オススメ)新田(2010)PM2.5 の健康影響と環境基準(link
    • 大気汚染に係る粒子状物質による長期曝露調査検討会 (2009)大気汚染に係る粒子状物質による長期曝露影響調査報告書(link)
    • 中央環境審議会大気環境部会(2008)微小粒子状物質環境基準専門委員会報告(link
    • 中央環境審議会大気環境部会(2008)微小粒子状物質の定量的リスク評価手法について(link
    • (*オススメ)USEPA(2009)Integrated Science Assessment for Particulate Matter(link
    • Krewski et al. (2009) Extended Follow-Up and Spatial Analysis of the American Cancer Society Study Linking Particulate Air Pollution and Mortality (link

基準値関係:

    • (*オススメ)新田(2010)PM2.5 の健康影響と環境基準(link
    • 欧米における粒子状物質に関する動向について (link)
    • 欧州における新大気質に関する指令について(link
    • 中央環境審議会大気環境部会(2008)微小粒子状物質環境基準専門委員会報告(link

てゆうか

書いてみたら思ったよりだいぶ長くなっちゃいました。誠にありがとうございます。。>ここまで読んでくれたみなさま

(Tシャツと私)

*12
.

*1:あ、あの手島さんじゃないすか!(今気づいた)

*2:ここ孫引きなので自信ない

*3:2次生成の過程はとても複雑で不明な点が多く、なかなか明確に有効な対策がないので難しいところです

*4:図中には"SMP"と誤記されているけど

*5:ちなみに想定される作用機序は[http://f.hatena.ne.jp/takehiko-i-hayashi/20130118084002:title=この図]のようなかんじらしいです

*6:疫学研究から、PM2.5の濃度上昇は肺がん死亡を増加させる一方で、肺がん罹患率は低下させるというmixedな結果が得られているため

*7:相対リスク=(PM2.5濃度が10μg/m3増加したときの死亡率/PM2.5濃度が10μg/m3増加してないときの死亡率)

*8:あまり正確な言い方ではない

*9:ちなみに最も質の高い研究と目されているっぽい[http://pubs.healtheffects.org/getfile.php?u=478:title=Krewski et al. (2009)]で示されている相対リスク値は1.03です

*10:というか一番かも/誰か他に候補思いつきますか?>識者がた

*11:この値に関してはなんか細かい設定があるようなんだけどちょっとフォローできてません/20μg/m3という説もある?

*12:ZAZEN BOYSの松下さんと吉田さんのサイン入りTシャツ。いいでしょ!