Take a Risk:林岳彦の研究メモ

自らの研究に関連するエトセトラについてのメモ的ブログです。主にリスク学と統計学を扱っています。

講演資料アプ:『環境分野における"EBPM"の可能性と危うさ:他山の石として』

環境リスク分野の立場からEBPMを議論した発表資料をアプしました。twitterでは告知しておりましたが、ブログにあげてなかったのでこちらでも告知しておきます。(slideshare、あとから誤植が見つかっても差し替えができないのが困りますね)

講演内容はいきおい批判的なトーンですが、ナイーブな議論やハイプが嫌いなだけで、EBPMやRCT自体が嫌いなわけではありません。

【開催告知】公開研究集会『研究者/研究所として“EBPM”にどう関わるとよいのか?』12/10火@国立環境研

「くだもの四天王」といえば「桃・梨・メロン・ぶどう」ですよね! こんにちは。林岳彦です。

来る12/10に、国立環境研究所の環境経済評価連携研究グループによる企画として、以下の公開研究会を開催します。所内外を問わず、参加費・事前登録等なしでどなたでも参加できますので、ご興味のある方の積極的なご参加をお待ちしております!

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公開研究集会『研究者/研究所として“EBPM”にどう関わるとよいのか?』
企画者:横尾英史(一橋大学&国立環境研究所)、林岳彦(国立環境研究所)


趣旨説明:
現在、エビデンスにもとづく政策形成を促すことを目指した「Evidence-Based Policy Making (EBPM)」の潮流が英米を中心として世界的に広まってきています。また、日本でも行政改革推進本部を中心にEBPMの行政への導入・推進の取り組みが始まっています。

EBPMは、学術的知見を政策へ橋渡しするための“回路”として、学術界にとっても非常に重要な潮流といえます。しかしながら、研究者/研究所等として、「実際問題としてEBPMとどう絡んでいったらよいのか」は、必ずしも自明な話ではありません。その理由の一つは、EBPM概念そのものの多義性にあります。ひとくちに“EBPM”といってもその指示内容は人や場合により大きく異なるため、そもそも「どのEBPM」にコミットするべきなのかという悩みが生じます。また、EBPMを実装していく上では、行政側や学術側における組織文化上の制約とどう向き合っていけばよいのかという悩みも生じます。さらに、EBPMにおいて重要となる因果推論手法に関する理解が(行政においても学術界においても)まだまだ浅いという悩みもあります。

本集会では、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの井上領介氏をお招きして“EBPM”自体および、ランダム化比較試験を中心に「EBPMで重要となる政策の因果効果の推定法」について解説をいただきます。井上氏らは2019年ノーベル経済学賞を受賞したデュフロとクレーマーらの因果推論に関する著書を翻訳し、受賞前のタイミングで公刊されています。

政策評価のための因果関係の見つけ方 ランダム化比較試験入門

政策評価のための因果関係の見つけ方 ランダム化比較試験入門

  • 作者: エステル・デュフロ,レイチェル・グレナスター,マイケル・クレーマー,小林庸平,石川貴之,井上領介,名取淳
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2019/07/25
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る

本ご講演の後、「研究者/研究所等として“EBPM”とどう関わっていけばよいのか」についてフロアを交えて話題提供・議論していく予定です。

本集会はオープンでの開催となりますので、事前登録や参加費用等なくどなたでもご参加可能です。研究所等でEBPMの導入や推進についてご検討されている方々にぜひご参加いただき、「EBPMとアカデミアのこれから」について一緒に考えていければと思います。


開催日時場所:
2019年12月10日(火)15:00 - 17:00 @国立環境研究所中会議室(アクセス会議室への順路)(*終了時間については変更の可能性あり)

プログラム:
はじめに 横尾英史(一橋大学&国立環境研究所)

講演「因果推論とEBPM:環境分野を念頭に」
講師:井上領介(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

総合討論のための話題提供1「食料・農業分野におけるEBPMの事例紹介」
佐々木宏樹(農林水産政策研究所)
総合討論のための話題提供2「EBPM、“E”から見るか?“PM”から見るか?」
林岳彦(国立環境研究所)

総合討論:研究者/研究所として“EBPM”にどう関わるとよいのか?

おわりに 日引聡(東北大学&国立環境研究所)
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因果推論駅の奥へ:諸統計的因果推論理論の繋がりの講演資料のアプ

部屋とYシャツと構造と力と私、こと林岳彦です。こんにちは。本ブログではお久しぶりです。


先週末に、社会学系の研究会からの依頼で、(1)因果推論の諸理論が奥の方でどう繋がっているか、(2)その"奥の方"で「質的理解」と「量的分析」がどう繋がっているか、をテーマに講演いたしました。その資料をアップロードしましたのでご報告いたします。



ついでに6月に佐賀大で行った、「生態学者における統計的因果推論の導入」についての講演資料も(以前に)アップしておりましたのでご報告いたします。


現在わたくしは「筆頭著者論文を書かない」という非行の更生のため同僚の保護観察下に置かれているため、本ブログの更新もままなっておりませんが、頑張って論文を書きたいと思います。早く人間になりたい。

参考文献

Counterfactuals and Causal Inference: Methods and Principles for Social Research (Analytical Methods for Social Research)

Counterfactuals and Causal Inference: Methods and Principles for Social Research (Analytical Methods for Social Research)

The Book of Why: The New Science of Cause and Effect

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構造的因果モデルの基礎

構造的因果モデルの基礎

社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ

社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ

岩波データサイエンス Vol.3

岩波データサイエンス Vol.3

社会学はどこから来てどこへ行くのか

社会学はどこから来てどこへ行くのか

調査観察データの統計科学―因果推論・選択バイアス・データ融合 (シリーズ確率と情報の科学)

調査観察データの統計科学―因果推論・選択バイアス・データ融合 (シリーズ確率と情報の科学)

Causal Inference for Statistics, Social, and Biomedical Sciences: An Introduction

Causal Inference for Statistics, Social, and Biomedical Sciences: An Introduction

正式版告知:研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』3/11@国立環境研

こんにちは。林岳彦です。今回は研究集会の告知(正式版)です。年度末シーズンでの開催となりますが、研究費が余ったから帳尻合わせでやるような類の研究集会とは全く異なるものですので、ご参加のご検討のほど何卒よろしくお願いいたします!


ーーーーー
国立環境研H30所内公募研究『環境分野におけるEBPM』およびFoRAM(リスク評価勉強会*1)の共催として、「エビデンス・リスク分析と公共政策の関係について、価値/規範の側面から議論する」ことを目的としたオープンな研究集会を3/11(月)に以下の要領で開催いたします。ご興味のある方々のご参加を広く歓迎いたします。(参加費・事前登録等の必要はありません。所内外や専門分野を問わずどなたでもご参加を歓迎いたします)

研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値・規範と公共政策についていかに語りうるのか』
3/11(月)14:00-16:45
於:国立環境研究所地球温暖化研究棟交流会議室( https://www.nies.go.jp/sisetu/map/index.html

[国立環境研究所の所外からご参加される方は、まず正門左手の守衛室にて入構手続きをお済ませの上、地球温暖化研究棟にお越しください。交流会議室は地球温暖化研究棟の入り口から入って1F右手奥左側となります。]

企画趣旨
環境学やリスク学の研究者がその活動の中で価値・規範にかんする問題に直面したとき、それをどう学術-公共政策のアジェンダとして学術的に/制度的に取扱いうるのかは悩ましい問題である。また、もしそれらの研究者が生産するリスク評価や学術的エビデンスが価値・規範の問題とあまりに切り離されて取り扱われてしまうと、社会的な議論の深まりを逆に阻害する道具となりかねないという懸念もある。本研究集会では、公共政策の規範的分析を専門とする佐野亘先生のお話を基調として、学術知と公共政策と価値・規範の関係について議論する。

発表内容
(1) 林岳彦(国立環境研・環境リスク健康研究センター)『規範的リスク分析を待ちながら --- 趣旨説明』
*研究集会全体の企画趣旨は上述のとおり。各講演についての企画趣旨は末尾参照のこと。

(2) 佐野亘(京都大学・地球環境学堂)『なぜ規範的政策分析か?-公共政策学における価値と規範』
概要:公共政策学は、政策過程に関する実証的な研究と、政策改善を直接の目的とする規範的な研究にわかれる。後者の規範的な研究をおこなおうとすると、最終的になにをもってよいとするか、という価値判断の問題が避けられないことが多い。ところが、どうすれば合理的な価値判断ができるか、という問いについては、意外に議論がなされていない。報告者は、規範的政策分析が必要とされるのは、まさにこの点にあると考えている。本報告では、公共政策学の基本的な内容を紹介したうえで、なぜ規範的政策分析が必要とされるのか、またそのための具体的な分析手法としてどのようなものが考えられるのか、考えたい。

(3) 江守正多(国立環境研・地球環境研究センター)『気候科学は社会の価値にどう向き合うか』
概要:気候変動問題に関わる自然科学者として、報告者が価値について考えてきたことをお話ししたい。気候変動はそもそも政治性の高い問題であり、報告者は当初はその中でできる限り価値中立的に振舞おうと努めた。しかし、次第にそのようなポジションは無効であると考えるようになる。パリ協定成立以降、報告者のポジションは変容した。価値の中でもがく専門家の一例の話としてお聞き願いたい。

(4) 加納寛之(大阪大学・人間科学研究科)『環境分野におけるエビデンスに基づく政策形成の適用に向けて: エビデンス概念の整理と評価軸の検討』
概要:エビデンスに基づく政策形成(EBPM)が環境分野でも求められている。しかしながら、他分野で支配的なEBPMの考え方を環境分野にそのまま適用することは有効でない。本講演では、環境分野のエビデンスの種類や役割を確認し、エビデンスをその生産から活用に渡る一連の過程で評価するための視点を整備することで、環境分野に適用可能なEBPMの枠組みを提示する。

(5) 村上道夫(福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座)『リスクと"価値":福島災害後の経験から』
概要:2011年の福島災害は、放射線被ばくや心身の健康リスクに限らず、社会的健康リスクも含む多様な健康リスクをもたらした。本講演では、それらのリスク研究の事例を紹介する。また、災害後の研究・調査と倫理的課題について、具体的な事例を交えながら、社会と科学の総合的な作用について議論する。


【以下、企画者(林岳彦)による各講演についての企画趣旨の説明】
・佐野亘さんのご講演
佐野さんのご専門は価値・規範の観点からの政策分析です。(特に、特定ジャンル内の話の中で終始するわけではない気候変動や福島の話に関わるような)リスクの話をしていると「価値を考えることが重要」のような話は頻繁に出てきます。しかし、たとえば「正義」「自由」「権利」「責任」といった価値・規範に関する概念を正確かつ混乱なく使用して議論することは規範論について一定のトレーニングを経ていない人間には実はかなり難しいものがあり、もし規範的分析を公共的決定の礎となりうるレベル感で行おうと考えるならば佐野さんのようなプロと一緒にやることが望ましいと考えています。(例えば中西準子氏は価値についてはセンスだけで語ってきた側面があり、それが一概に悪かったとは言わないものの、環境学やリスク学の研究者が価値について語るとき今後もずっとそういうスタイルで良いのか --- という話です。) 今回は佐野さんにご自身の「規範的政策分析」のコンセプトについて語っていただき、環境学・リスク学との協働の可能性について探っていければ良いなと考えています。

・江守正多さんのご講演
江守さんはかねてより気候変動に関する市民とのコミュニケーションにおいて精力的な活動を続けられており、近年は国環研内に「社会対話・協働オフィス*2」を立ち上げて活動の幅をさらに広げられています。本研究集会では「気候変動と"価値"の問題」を中心テーマにお話いただきます。

・加納寛之さんのご講演
加納さんにはEvidence-Based Policy Makingに関する研究(林との共同研究)のお話をいただきます。実はEBPMと環境研究/リスク評価/管理の間には実務にも関わってくる微妙な関係性があります。例えば、トランプ政権が環境規制の正当化に必要なエビデンスレベルを引き上げることによりEPA(米国環境保護庁)による環境規制の動きを無力化してくるのではないか --- という懸念はもはや現実的なものとなっており、そのため「エビデンスレベル」の運用のあり方については環境学・リスク学の観点からも無関心ではいられないところがあります。そのような問題意識のもと、まずはEBPMにおける鍵概念となる「エビデンス」について環境研究の観点からの概念整理を行う研究を進めており、今回はその研究成果についての発表となります。将来的には環境学・リスク学(レギュラトリーサイエンス)とEBPMについての建設的な関係性を構築することを目指しており、今回の講演はその第一歩を意図したものになります。

・村上道夫さんのご講演
村上さんは、将来的に福島の原発事故が歴史的に総括される際には最重要な学術的知見の一部として参照されると思われるような「原発事故に関わる健康リスク評価」等についての一連の非常に重要な研究を行われてきています*3。本研究集会では、それらの研究についてご紹介いただくとともに、福島でリスクについて評価/分析/考察することで直面した(せざるをえなかった)価値/規範の問題について語っていただく予定です。企画全体の中での意図としては、それらの価値/規範についての問題をどう学術-公共政策のアジェンダとして取扱いうるのだろうか?というところを全体の議論として繋げていければと考えています。


関連文献:

  • 佐野亘(2010)『公共政策規範』ミネルヴァ書房

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

  • 佐野亘(2013)『規範的政策分析の確立に向けて』公共政策研究, 13, 65-80

ci.nii.ac.jp

  • ジョナサン・ウルフ(2016)『「正しい政策」がないならどうすべきか 政策のための哲学』勁草書房

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

  • 江守正多(2013)『異常気象と人類の選択』角川SSC新書

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

  • 村上道夫ら(2014)『基準値のからくり』講談社ブルーバックス

基準値のからくり (ブルーバックス)

基準値のからくり (ブルーバックス)

*1: FoRAM( https://staff.aist.go.jp/kyoko.ono/FoRAM/home.html )というのは、もともとはリスク学系研究者有志若手が立ち上げた「リスク学若手の会」のような性質の会です。発足から10年ほどたち主要メンバーも40代後半に差し掛かり、リスク学会およびリスク系の公共政策の実務において中心的な役割を担いつつある状況となっております。そんな中で、(リスク分析というのは政策分析のいちジャンルでしかないことにもっと自覚的になり)そろそろ公共政策学との関わりを模索していって良い時季ではないかと考えたことが本企画の意図の一つとなっています。

*2:http://www.nies.go.jp/taiwa/

*3:https://www.fmu.ac.jp/home/risk/michio/indexj.htm#publication

(*企画意図追記版*告知)研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』3/11@国立環境研

こんにちは。林岳彦です。秋が訪れました。エルドレッドがいなくなるのも、実に、寂しいですね。

今回は前回の速報版の告知に、企画意図の解説を追記したものです。年度末シーズンでの開催となりますが、研究費が余ったから帳尻合わせでやるような類の研究集会とは全く異なるものですのでみなさま何卒よろしくお願いいたします!

国立環境研H30所内公募研究『環境分野におけるEBPM』およびFoRAM(リスク評価勉強会*1)の共催として、「エビデンス・リスクと公共政策の関係について、価値/規範の側面から議論する」ことを目的としたオープンな研究集会を3/11(月)に以下の要領で開催いたします。


ご興味のある方々のご参加を広く歓迎いたします。(参加費・事前登録等の必要はありません/より詳細な内容について追ってお知らせいたします)


研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』(仮題)
2019年3/11(月)14:00-17:30(終了時間は若干早まる可能性あり)
於:国立環境研究所温暖化棟交流会議室( https://www.nies.go.jp/sisetu/map/index.html


内容予定:(*現時点での講演タイトルは全て林による仮題です)

  • 林岳彦(国立環境研・環境リスク健康研究センター)『規範的リスク分析を待ちながら --- 趣旨説明』(仮題)
  • 佐野亘(京都大学・地球環境学堂)『規範的政策分析の確立に向けて』(仮題)
  • 江守正多(国立環境研・地球環境研究センター)『気候変動リスクと"価値"の問題』(仮題)
  • 加納寛之(大阪大学・人間科学研究科)『環境分野におけるEvidence-Based Policy Makingの適用に向けての"エビデンス"概念の整理と批判的検討』(仮題)
  • 村上道夫(福島県立医科大学医学部健康リスクコミュニケーション学講座)『リスクと"価値" --- 東日本大震災以後の経験から』(仮題)


[追記:林による本企画意図の解説]
(1) 趣旨説明
今回の研究集会のメイン講演者は、公共政策学を専門とする京都大学の佐野亘先生です。現在、リスク研究を専門とする中堅研究者の多くは実は公共政策については体系的に学んだ経験が特にあるわけではなく(ガンダムに乗り込んだアムロのように)ある意味で成り行き上で公共政策に関わることになった人がかなり多いものと思われます。それでもリスク研究の対象とする範囲が特定ジャンル内に留りつづけたならば問題は無いのですが、リスク研究の対象が気候変動や福島の問題などの一筋縄ではいかないものへと広まっていく中で、今後もそのまま公共政策のプロの知と殆ど触れないまま進んでいって果たして本当によいのだろうか?という問題意識が林にはありました。今回に佐野先生をお呼びするのは、リスク研究としてそろそろ公共政策のプロの知との関わりを始めてみてはどうだろうか --- という同年代のリスク研究者に対する呼びかけの意図をもつものです。特に、気候変動や福島の問題においては、リスク評価/分析を進めていくことにより避けがたく価値/規範の問題について直面せざるを得ない側面があります。リスク研究者がそれらの価値/規範についての問題に直面したとき、それをどう学術-公共政策のアジェンダとして学術的に/制度的に取扱いうるのだろうか? --- ということを本研究集会を通して議論していければと考えています。


(2) 佐野亘さんのご講演
佐野さんのご専門は価値・規範の観点からの政策分析です。(特に、特定ジャンル内の話の中で終始するわけではない気候変動や福島の話に関わるような)リスクの話をしていると「価値を考えることが重要」のような話は頻繁に出てきます。しかし、たとえば「正義」「自由」「権利」「責任」といった価値・規範に関する概念を正確かつ混乱なく使用して議論することは規範論について一定のトレーニングを経ていない人間には実はかなり難しいものがあり、もし規範的分析を公共的決定の礎となりうるレベル感で行おうと考えるならば佐野さんのようなプロと一緒にやることが望ましいと考えています。(例えば中西準子氏は価値についてはセンスだけで語ってきた側面があり、それが一概に悪かったとは言わないものの、リスク研究者が価値について語るとき今後もずっとそういうスタイルで良いのか --- という話です。) 今回は佐野さんにご自身の「規範的政策分析」のコンセプトについて語っていただき、リスク学との協働の可能性について探っていければ良いなと考えています。


(3) 江守正多さんのご講演
江守さんはかねてより気候変動に関する市民とのコミュニケーションにおいて精力的な活動を続けられており、近年は国環研内に「社会対話・協働オフィス*2」を立ち上げて活動の幅をさらに広げられています。本研究集会では「気候変動と"価値"の問題」を中心テーマにお話いただきます。


(4) 加納寛之さんのご講演
加納さんにはEvidence-Based Policy Makingに関する研究(林との共同研究)のお話をいただきます。実はEBPMと環境研究/リスク評価/管理の間には実務にも関わってくる微妙な関係性があります。例えば、トランプ政権が環境規制の正当化に必要なエビデンスレベルを引き上げることによりEPA(米国環境保護庁)による環境規制の動きを無力化してくるのではないか --- という懸念はもはや現実的なものとなっており、そのため「エビデンスレベル」の運用のあり方についてはリスク学の観点からも無関心ではいられないところがあります。そのような問題意識のもと、まずはEBPMにおける鍵概念となる「エビデンス」について環境研究の観点からの概念整理を行う研究を進めており、今回はその研究成果についての発表となります。将来的にはリスク学(レギュラトリーサイエンス)とEBPMについての建設的な関係性を構築することを目指しており、今回の講演はその第一歩を意図したものになります。


(5) 村上道夫さんのご講演
村上さんは、将来的に福島の原発事故が歴史的に総括される際には最重要な学術的知見の一部として参照されると思われるような「原発事故に関わる健康リスク評価」等についての一連の非常に重要な研究を行われてきています*3。本研究集会では、福島でリスクについて評価/分析/考察することで直面した(せざるをえなかった)価値/規範の問題について語っていただく予定です(具体的な内容については調整中)。企画全体の中での意図としては、それらの価値/規範についての問題をどう学術-公共政策のアジェンダとして取扱いうるのだろうか?というところを全体の議論として繋げていければと考えています。

関連文献:
  • 佐野亘(2010)『公共政策規範』ミネルヴァ書房

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

  • 佐野亘(2013)『規範的政策分析の確立に向けて』公共政策研究, 13, 65-80

ci.nii.ac.jp

  • ジョナサン・ウルフ(2016)『「正しい政策」がないならどうすべきか 政策のための哲学』勁草書房

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

「正しい政策」がないならどうすべきか: 政策のための哲学

  • 江守正多(2013)『異常気象と人類の選択』角川SSC新書

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

  • 村上道夫ら(2014)『基準値のからくり』講談社ブルーバックス

基準値のからくり (ブルーバックス)

基準値のからくり (ブルーバックス)

*1:FoRAM( https://staff.aist.go.jp/kyoko.ono/FoRAM/home.html )というのは、もともとはリスク学系研究者有志若手が立ち上げた「リスク学若手の会」のような性質の会です。発足から10年ほどたち主要メンバーも40代後半に差し掛かり、リスク学会およびリスク系の公共政策の実務において中心的な役割を担いつつある状況となっております。そんな中で、(リスク分析というのは政策分析のいちジャンルでしかないことにもっと自覚的になり)そろそろ公共政策学との関わりを模索していって良い時季ではないかと考えたことが本企画の意図の一つとなっています。

*2:twitterもやってます! https://twitter.com/taiwa_kankyo

*3:https://www.fmu.ac.jp/home/risk/michio/indexj.htm#publication

(速報版告知)研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』3/11@国立環境研

こんにちは。林岳彦です。鈴木誠也は本当に立派でしたね(良いとこ探し)。

今回は研究集会の告知です。ちょっと早めのタイミングでの告知ですが、みなさま3月はお忙しいので、興味のある方々におかれましては早めにスケジュールの確保をいただきたくひとまず速報版での告知をさせていただく次第です。うっかりヤボ用など入れぬよう、何卒よろしくお願いいたします!

「エビデンス・リスク分析と公共政策の関係について、価値/規範の側面から議論する」ことを目的としたオープンな研究集会を以下の要領で開催します。ご興味のある方々のご参加を広く歓迎いたします。(参加費・事前登録等の必要はありません/本告知は速報版であり詳細は追って改めて告知させていただきます)


研究集会『エビデンスは棍棒ではない --- われわれは価値/規範と公共政策についていかに語りうるのか』(仮題)
3/11(月)14:00-17:30(終了時間は若干早まる可能性あり)
於:国立環境研究所温暖化棟交流会議室
https://www.nies.go.jp/sisetu/map/index.html


内容予定:(*現時点での講演タイトルは全て林による仮題です)

  • 林岳彦(国立環境研・環境リスク健康研究センター)『規範的リスク分析を待ちながら --- 趣旨説明』(仮題)
  • 佐野亘(京都大学・地球環境学堂)『規範的政策分析の確立に向けて』(仮題)
  • 江守正多(国立環境研・地球環境研究センター)『気候変動リスクと"価値"の問題』(仮題)
  • 加納寛之(大阪大学・人間科学研究科)『環境分野におけるEvidence-Based Policy Makingの適用に向けての"エビデンス"概念の整理と批判的検討』(仮題)
  • 村上道夫(福島県立医科大学・医学部健康リスクコミュニケーション学講座)『リスクと"価値" --- 東日本大震災以後の経験から』(仮題)
参考:講演者の著書など

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

公共政策規範 (BASIC公共政策学)

異常気象と人類の選択 (角川SSC新書)

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地球温暖化はどれくらい「怖い」か? ?温暖化リスクの全体像を探る

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基準値のからくり (ブルーバックス)

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研究者諸賢への引継ぎ:学術誌の購読料高騰と論文のオープンアクセスについての情報まとめ

こんにちは。林岳彦です。好きな文房具はフリクション、最近のお気に入りは0.5mmのブルーブラックです。人生もフリクションのように過去の過ちをゴシゴシと消せたらいいのに、といつも思います。


さて。

わたくしは昨年度後半の半年間、弊所(国立環境研究所)内の企画部へと出向しておりました。そこでの諸々の業務については5月には後任の方に引き継ぎを完了したところです。この出向中に関わったものの中に「論文のオープンアクセス(OA)」の案件がありました。この案件に関する情報については単に弊所内の後任の方へ引き継ぐというよりも、日本の研究者/学術界の皆様へ広く引き継いだほうが良いかもしれないと思うところがあり、本記事を書くことにした次第です。


基本的に、現在の学術誌購読料と論文のOAを巡る状況は、いやこれほんとうに色々と舵取り難しいぞというところがあります。そのため、少なくとも職業的研究者の方々はこの状況について職務に関わる一般的な知識のひとつとして知っておいても良いのではないかと思います。

また、この文章を目にしている研究者のみなさまの中には、将来的に各研究所・大学・学会等で「論文のOA/(学術誌の購読に関する)図書館運営」についての検討委員などを担当される方もおられるかもしれません。そのような業務を担当される際に、本記事を本案件についてのエントリー的解説・情報リンク集として役立てていただければ、私としては最高に嬉しいです。


あ、最初に大事なことを書いておきますが、学会誌の購読料や論文のOAに関する状況は分野によって色々と異なる部分が大きく、本記事の記述に対して「自分の分野では違うよ!的外れだよ!」と感じる方も多いかもしれません。それはとても自然なことで、まさにそういう「各分野での慣習や認識の違い」も本案件における理解と合意形成が難しい本質的な要因の1つとなります。なので、「自分の分野では違う!」という違和感それ自体もまたこの案件を構成する要素なのだ、というメタ的な心づもりで本記事をお読みいただければ大変ありがたいところです。

内容をプロット的な箇条書きでまとめました

えーと・・・気負いつつも書きたいことを全て書いていたら、気を失うほど記事が長くなり執筆が座礁しかけてしまいました。

なので、本記事では「学術誌の購読料とオープンアクセスを巡る背景と現況」について以下のようにプロット的な箇条書き形式でサラッとまとめることにしました。

以下ではサラッとした説明に留めたので、さらなる詳細については文中の参照文献をお読みいただければと思います。むしろ、本記事の本体は参照文献リストの方であり、本記事内の文章はそのリストの添え物という心もちでお読みいただければありがたいところです。本案件に関する文献の多くはオープンアクセスになっているので、誰でも無料でダウンロードしてお読みいただけます。

ーーー

(1) 背景:学術出版の寡占化と”シリアルズ・クライシス”
  • 学術論文は「人類の知的アーカイブ」であり「人類の公的資産」である
  • 現在、「人類の公的資産」である学術論文へのアクセス許諾の権利は、少数の商業出版社により寡占されている
  • 1980年代以降の商業出版社の学術誌寡占化による購読料の高価格化(”シリアルズ・クライシス”)、さらに2000年代以降の出版業務の電子化による継続的な高騰により、学術機関による学術誌の購読の維持はますます難しくなってきている尾城・星野 2010
    • メモ:経済学的な観点から見た場合、読者の立場から見た「学術誌」は代替の難しい財であるため価格が高止まりしやすい*1
  • また、ジャーナルの電子化により、個々の雑誌の購読ではなく出版社単位での「学術誌のセット販売化*2」が定着してきている
  • 出版社による「セット販売化」と並行して、購入側では複数の機関によるコンソーシアムを介した一括大型購入契約(”メガ・ディール”契約)が定着してきている(尾城 2010; PDF直リンク
  • ”メガ・ディール”により、アクセス可能な学術誌数の機関間格差は一般に縮まったものの、全体での学術誌購読費用は依然高止まりしつづけている(尾城 2016; PDF直リンク
  • 多くの学術機関において運営費交付金が減らされて続けている中で、学術誌の購読費用の高騰や高止まりは正直しんどい
(2) オープンアクセスの潮流とそのさまざまな思惑:OAメガジャーナルの興隆と伝統誌のハイブリッド化
  • 学術誌購読料の高価格化が進む一方で、「オープンアクセス(OA)論文」の潮流が育ちつつある(オープンアクセス - Wikipedia
  • 「OA論文」とは、購読料を支払わずとも誰でも無料でダウンロードして読める論文である(→読者にとって優しい)
  • 「論文のOA」には大きく分けて”Gold OA”と”Green OA”がある佐藤 2013)
  • "Gold OA"とは:出版社により出版された公式の論文がそのままOAになるケース
    • Gold OAのケースでは、一般に出版費用(APC; Article Processing Charge)を著者側が支払う
  • PLoS系やBMC系などのGold OA専門の”OAメガジャーナル”は、「読者側」から購読料を取るのではなく、論文を数多く掲載し「著者側」からAPCを徴収することにより収益を得るビジネスモデルである
    • これらのOAメガジャーナルは、ビジネスモデル的に多くの論文を載せる必要があることから査読が甘くなりがちで、一般論として、論文の質の担保に課題を抱える
  • 近年は、伝統的な購読型(非OA)の学術誌においても、オプションでAPCを支払うことで論文単位でGold OAにできる(従来の学術誌の”ハイブリッド誌”化)
  • "Green OA"とは:著者自らが著者原稿等を電子アーカイブとして公開するケース
    • 物理学や経済学などプレプリント文化を持つ分野では、arXivなどのプレプリント・サーバーの利用が広まっており、著者原稿等が無料で読めるシステムが成立している(arXiv - Wikipedia
    • Green OAは一般に商業出版の枠外での公開であるが、一般に、論文の質の担保のための査読システムなどは既存の商業出版のシステムに依存/寄生している側面もある
    • 従来の購読型の学術誌でも、エンバーゴ期間の後などの条件付きで、APC無しで「著者原稿等の著者によるアップロードによるGreen OA」を認めているケースもある
    • Green OAでの原稿のアップロード先としては、研究者が所属する機関のレポジトリリポジトリや、研究者SNSの一種であるResearch Gateなどが利用されることが多い(機関リポジトリ - Wikipedia; ResearchGate - Wikipedia
(3) どうやって/どこまでOAにするのか:前門の購読料、後門のAPC
  • 学術論文のOAにおける大義:公的資金で行った研究は、市民に無料で還元されるべき(キッパリ)
  • 世界的に学術論文のOAについてはもはやその是非を議論する段階は過ぎており、現在の論点は「どうやって/どこまでOAにするのか」である佐藤 2013
    • 実質的に考えると「論文のOA」とはGold OAであり、一般にGreen OAは周辺的・補完的なものでしかない*6(土屋 2016; PDF直リンク
    • OAの普及により購読料の高騰を止められるかどうかは微妙なところである(機関レポジトリリポジトリを介したGreen OAは購読料の高騰に対してはおそらく無力と思われる; 土屋 2016; PDF直リンク
  • 研究費負担の観点からのワーストケースとして、「購読料」と「APC」の二重取りにより、今後さらに研究者/研究機関の費用負担が増することもありうる
  • ワーストケースを避けるための出版社との”メガ・ディール”の交渉においては、まず「購読料+APC」の総額を把握することが基礎データとして必要である(林 2014
  • しかし、一般に学術機関内で「購読料」と「APC」は予算管理的に全く別枠なので、現状ではその総額を把握することすら困難である
  • 「購読料+APC」の総額をマクロで見ると、おそらく「全てOA誌に移行(=全ての学術誌が「購読料無し+APC有り」になる状況)」が一番安くなるらしい(尾城 2016; PDF直リンク
    • メモ:経済学的な観点から見た場合、「読者にとっての学術誌」は代替が難しい財であるのに対し、「著者にとっての学術誌」は代替可能な財であるため価格高騰が比較的に生じにくい(著者はAPCの安価な雑誌を選んで投稿することができる)
  • 「全ての学術誌が「購読料無し+APC有り」となる状況が正解」だとしても、その具体的な「移行への道筋」は見えない(山本ら 2016;PDF直リンク
(4) 全てOAになる日まで:「読者-著者-学会」のジレンマ
  • 国際的にも国内的にも「全ての論文についてのOA」を目指すことは既定事項であるが、その途上で「読者-著者-学会」のジレンマが生じることはおそらく避けがたい(以下に2つの将来シナリオの例を示す*7
  • 全OAへの将来シナリオA: PLoS系やBMC系のようなOAメガジャーナル、もしくはarXivのようなプレプリント・サーバーが中心となり全OAへと進む
    • 読者の立場としては◎→論文が無料で読めるので助かる(購読料による壁の消失/非アカデミアや経済の弱い国の読者にも利益大)
    • 著者の立場としては○→OAメガジャーナルが主流となることでAPCに健全な価格競争が働き、APCが比較的に安価に留まる。ただし、APCが必須化することで経済の弱い国の著者が投稿しにくくなる懸念もある*8
    • 学術誌を運営する学会の立場としては×→既存の学会が担う「伝統ある購読型学術誌」が斜陽化する。分野における論文の質の担保にも大きな課題を抱えることになる。ひいては学会の”存在意義”の見直しも必要となるやも
  • 全OAへの未来シナリオB:「ハイブリット化した伝統誌」が中心となりつづけ、ハイブリット誌の枠組みの中で全OAへと進む(OAメガジャーナルやプレプリント・サーバーは周辺的存在のまま)
    • 読者の立場としては△→どのみち論文単位のOA化でのOAが広がるため、無料で読める論文は増えていく。ただし、購読料ベースのビジネスモデルは併存されるため購読料の高騰は解消しない
    • 著者の立場としては×→ハイブリッド化した伝統誌における論文単位でのOA化のための高額のAPCが研究費を圧迫する。最悪の場合には「購読料とAPCの二重徴収」でさらに研究費が圧迫される。さらに、高額のAPCを払えない著者は高IFの雑誌に投稿しにくくなる
    • 学会の立場としては◎→既存の学会が担う「伝統誌」が維持される。論文の質担保が維持される

  • どちらの将来シナリオでも、ブランド系ジャーナルのAPCは高止まりしそう。超高IFの雑誌に投稿できるのは経済的に余裕がある研究者だけになるかもしれない。
  • 将来シナリオBの場合でも、「ハイブリッド化した伝統誌」を運営する学会側が「論文単位でのOA化のためのAPC」の価格を制御できれば問題ないのではあるが・・・
    • 力のある学会であれば「学会員のAPC減免」や「エンバーゴ期間の設定(→論文単位でのOA化のためのAPCを支払わなくとも中長期的にはOAは担保される)」のような形でバランスを取りながらの運営が可能かもしれない
    • しかし一般に、学術出版の寡占化により商業出版社の力は強大なものになっている
    • そのため、現在のところ学術誌の運営母体である学会側は自らの雑誌の運営方針についての自己決定権の多くを失ってしまっている
      • メモ:例えば学会は(「のん」のように)自らの学術誌の名称の権利も学術出版社側に握られている場合が多く、自ら運営する雑誌について出版社から独立することもなかなか難しい有田 2016
    • 分野によっては学会が主導する形でのOA推進もありうるのかも(例;物理学系のSCOAP^3; 安達 2016; PDF直リンク

まとめと雑感、および研究者諸賢へのお願い

はい。以上にプロット形式でまとめてみました。プロット形式にしても長かった。。。


以下、まとめと雑感とお願いです:

内容のまとめ:
  • 雑誌購読料が高止まりしていて、ずいぶん前から学術界として正直もうしんどい(尾城・星野 2010
  • 学術論文の全OAの推進は国際的にも国内的にも既定事項であり、現在の論点は「どこやって/どこまでOAにするか」である(佐藤 2013
  • 論文のOAには”Gold OA”と”Green OA”がある(佐藤 2013; オープンアクセス - Wikipedia
  • OAとは実質的には”Gold OA”であり、Green OAは周辺的・補完的なものである(土屋 2016; PDF直リンク
  • 伝統的な購読型学術誌の論文を論文単位でOA化しようとすると、一般に高額のAPCがかかる(林 2014
  • 「全てがOA誌になる未来」が「雑誌購読料+APC」の総額としてはおそらく一番安く済む(尾城2016; PDF直リンク
  • 全OAへの途上には「読者-著者-学会のジレンマ」が待ち構えている
  • 全OAへの具体的な道筋は見えず、今後の舵取りは簡単ではない(山本ら2016; PDF直リンク
林の雑感:
  • 研究者サイドが「日本の学術界として雑誌購読料やAPCに関する価格交渉力をどう獲得していくのか」という視点を持たないと、全OAへの流れの中で大手商業出版社の良い金づるとして日本はカモられ続けるのは必至だと思う
  • OAメガジャーナルのことを見下している研究者も(特に年配の研究者に)多いが、学術界としてOAメガジャーナルを「うまく育てて適切に位置づける」ことは学術界の未来のために重要であると思う
  • この件では研究者は大手商業出版社のgreedさを一方的に責めがちであるが、その"greed"なモンスターを育てたのはとりもなおさず「研究者たち自身のIFと論文数を巡る欲望」であることをもうちょっと自省しても良いと思う(仮面ライダーオーズ的なかんそう)
  • 声が大きくて予算が潤沢な研究者はAPCのお金など気にしなさそうなので、そもそも日本では「購読料とAPCの二重徴収」は問題として認識されないままに終始するのかもしれない
  • 学会運営サイドとしての研究者の立場から考えると、全OAという方針の中で学会誌の舵取りをどうするのかというのはかなり悩ましい問題である。正直、どのような舵取りが正解なのか何とも言えないところがある。悩ましい。
  • 特にマイナー学会は、全OAの方針により「学会誌の閲覧権」という会員特権が無くなったときにどうやって学会の魅力を維持しうるのかを真剣に考えないといけない。こちらも悩ましい。
研究者諸賢へのお願い:
  • 論文の投稿先を選ぶときには、本記事の状況を頭の片隅に置いた上で選んでほしい
    • greedyな学術誌への投稿は、その学術誌のgreedyな運営方針への実質上の承認/加担として機能することを自覚しよう
  • もし所属機関の図書館や管理部門の人が「研究者がAPCにかけている費用」を知りたがっていたら積極的に協力しましょう
    • 「学術誌購読料+APC」総額のデータがないと図書館コンソーシアムが大手出版社とメガ・ディールの交渉をしにくいという事情があるそうです


はい。

つらつらと書いてきましたが、私から伝えたいことは以上です。

もし内容に何かツッコミや補足などありましたらコメント欄やブコメやtwitterなどでお知らせいただければ、追記や改訂など適宜対応いたしますのでぜひ情報をお寄せください。


今回も長い記事となってしまいましたが、ここまでお読み頂いた方、大変ありがとうございました!


# 本記事をもって私の弊所内の管理部門への出向からの引き継ぎ作業は全終了したので、これからはブログもぼちぼち更新していきたいです

【謝辞】

本記事の執筆においては国立環境研究所の尾鷲瑞穂さんに情報のご提供および記事内容への貴重なコメントをいただきました。大変ありがとうございました。
*尚、本稿の文責は全て林岳彦にあります。また、本稿の内容は特定の組織の見解を反映したものではなく、林岳彦個人の見解です*

【参照文献リスト】

本記事の文章にはニワカである林の私見も交じっておりますが、以下の文献についてはその道のプロが書いたものとなりますので*9ので、もし本件についての公的な議論にご参加する際にはぜひ以下のリストの文献を一通り直接お読みいただければと思います。

  • 尾城 (2010) 『ビッグディールは大学にとって最適な契約モデルか?』(PDF直リンク
  • 尾城・星野 (2010) 『連載:シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在 (1) 学術情報流通システムの改革を目指して 国立大学図書館協会における取り組み』(リンク
  • 佐藤 (2013) 『オープンアクセスの広がりと現在の争点』(リンク
  • 林 (2014) 『オープンアクセスを踏まえた研究論文の受発信コストを議論する体制作りに向けて』(リンク
  • 尾城 (2016) 『学術雑誌のキャッシュフロー転換の可能性を探る 〜JUSTICE/SPRAC Japan合同調査チームによる調査結果の概要〜』(PDF直リンク
  • 土屋 (2016)『オープンアクセスのあり方、グリーンOAとゴールドOA』( PDF直リンク
  • 山本ら(2016)『ディスカッション「グリーンOAとゴールドOAと日本としての対応」』(PDF直リンク
  • 有田 (2016)『学術誌をどう出版するか:商業出版社に託す場合の注意点』( リンク
  • オープンアクセス - Wikipedia

オープンアクセスを巡る近年の動向については、以下の2016年開催のセミナー資料をチェックすると雰囲気が一番掴めるかもしれません

その他参考情報:

*1:重要な先行研究の論文はどんなに価格が高くとも読まないわけにはいかない!

*2:”読みホーダイ”プラン的な

*3:英語にも「二度づけ」という表現があるんだなあ、と思いました(こなみ)

*4:雑誌によっては購読料を払っている人のAPCを割引するケースもあるらしい/この辺りは分野にもよるので林は正直良くわからない部分がある

*5:この辺りは個々の雑誌の方針による

*6:プレプリント・サーバーの利用が定着している分野では少し事情が異なるかも

*7:以下のシナリオは林が説明のために便宜的にまとめた仮想のものであり、専門家の裏付けがあるものではないのでご注意ください

*8:この点については、雑誌によってはAPCの減免措置なども用意されている

*9:まあでも「一般の研究者目線」というよりは「図書館目線」だなあ、というのは端々に感じるたりもするところではありますが